いつまでも輝く母へ

新巻へもん

腹いっぱいは幸せへの道

 大学に進学するために上京して初めて一人暮らしを始めたときは、人生は希望に満ちていた。

 周囲が青春を謳歌する中、ひたすら勉強に励んで合格した志望校。

 友達付き合いにも少しは時間を割こうとか、場合によってはカノジョができたらいいな、などと考えていたが、ガイダンス初日にそんな夢は木っ端みじんに打ち砕かれる。


 階段状の大講義室にいる大学生のほとんどは既にいくつかのグループに分かれていた。

 付属の高校からの内部進学生が半数近くを占めているのだからある意味では当然かもしれない。

 ただ、受験して入ってきたと思われる大学生にも既に顔見知りがいた。

 

 同じ高校から複数の合格者がいる。

 地方から進学してきた俺には信じられなかったが、東京というのはそういう町だということを知った。

 オシャレで洗練された仕草をする内部進学生たちは余所者を受け入れるつもりは無さそうだったし、それ以外の学生も俺とは根本的に何かが違う。

 なにより、アパート代と生活費を稼がなければいけない俺が、自分の時間を好きに使える彼らと同じ行動をとることなど難しかった。

 

 アルバイトをしている飲み屋にも同年配のバイト仲間がいたが、外国人留学生は出身国が同じもの同士で固まっている。

 日本人もソシャゲとギャンブルと風俗の話しかしない男性たちとは話題が合わない。

 ちょっと派手めの女性とは何を話していいのかも分からなかった。


 もう1つのアルバイトである塾講師の方は同じような境遇の知り合いはできたが、時間に追われていて、個人的な付き合いには発展しない。

 まあ、下手に人付き合いが多いと折角稼いだお金が消えて本末転倒になってしまうので、それはそれでいいと思うことにした。


 ただ、誰とも最低限の事務連絡以上の話をしない生活が続くと、だんだんと調子がおかしくなってきたのが自分でも分かる。

 自分の期待していた理想の生活とのギャップに心が押しつぶされそうだった。

 こんなことなら東京になんか出て来るんじゃなかったと思うが後の祭りである。


 自宅のアパート、大学、バイト先をぐるぐると巡るだけの生活を続けて数週間がたった。

 ある日、アパートに帰ってみるとドアポストに宅配便の不在配達票が入っている。

 荷物の送り主は故郷の母だった。

 翌日は時間が空いていたので再配達を頼む。


 配達のオジさんから受け取った段ボールはズシリと重い。

 開封してみると米が10キロと、畑でとれたであろう大量の野菜、それにレトルトパウチに入った味付きの肉がどーんと存在感を主張していた。

 母の携帯に電話をする。

「ああ。タカシかい。どうしたと?」


「荷物が届いたから」

「連絡しようと思って忘れとったわ。ちゃんと食べてる?」

「ああ、うん」

 もちろん嘘だ。

 一人暮らしのために買った炊飯器を使わなくなって久しい。

 自分一人のために料理をする気になれなかった。


「そうかい。ならええけどね。夏休みはこっちに帰ってくるんだろ?」

「どうかな。色々と付き合いがあるから」

「まあ、若いと忙しいじゃろね。気が向いたら帰っておいで。ベスも寂しがっちょるけん」

 電話口の向うからワンと鳴く声がする。


「うん」

「なんか元気なかとね。ほんとにちゃんと食べとるん?」

「うん。それじゃ、また電話する」

 情けなくなって電話を切った。


 いくら教えてもビデオ通話のやり方を覚えられない母にイライラしていたが、今日はその方がありがたい。

 きっと今日も俺と違って元気いっぱいな笑みを浮かべているのだろう。

 母はどんなときでも輝くような笑みを俺に向けていた。

 それはきっと今日も変わらない。

 

 まったく情けない。

 母の日に電話の一本もかけない俺にいいたいことがいくらでもあるだろうに。

 きっと、俺がぼっち生活をしていることだってお見通しなんだろうな。

 段ボールの中の米袋をぼんやりと見る。


 だけどさ、1人暮らしでこんなに米を食わねえっての。

 なんで母親というのは飯を食わせようとするんだろうな。

 バイト先での数少ない世間話を思い出す。

 とりあえず、封を切って冷蔵庫に入ったままの米を炊いて、送られてきた肉と一緒に食べることにした。

 

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