086:蟋蟀と踊り子

 Prot-Fの機体の中、ミアはその神経という神経を研ぎ澄ませ、操縦桿を動かしていた。


 眼前に襲い来るA18の凶悪な油圧バンカーは常に必殺の威力を持って振るわれる。掠ればそれで終わり。仲間のL-40がそうだった様に、盾すら意味を為さない。コクピットに当たらずとも撃破は免れないだろう。


 ああ、どうしてこうなった。彼女は闘争など望まぬ女だったのに。あの頭のイかれた教祖を父に持ったばかりに、彼女は祭り上げられ、挙げ句の果てにこんな碌でもない軍事部門へ送り込まれたのである。


 そして、嘆いた所でこの世に神は居ない事も彼女は知っていた。


 だからこそ、彼女はProt-Fをターンさせ、銃の反動を活かしたままA18の強撃を避けたのだ。巧みで意外性のあるその緊急回避はA18に僅かな隙を生じさせた。奴は腕を振り抜き、その横っ腹を晒したのだ。

 技術宣戦から送り込まれた同志はその隙を逃さない。手にした鉈を何の躊躇もなく振るう。彼らには大義名分がある。心のタガを外す明確な理由がある。同志の乗るL-40既に二機やられている。彼らに戦う力はなくとも、思い込む力があった。


 然し、大鉈の一撃はA18の強靭なる尻尾の一撃によっていなされる。例え空中であろうと、その怪物は無防備ではない。素早く着地し、その後部の不気味な二本の長脚に力を溜め込む。


 再び、跳躍させてはならない。


 その事を瞬時に察したミアはProt-Fの両腕に仕込まれた拳銃で追撃を加える。精度はおざなりだが、威力は十分。A18の機先を制した様に思われた。

 

 次の瞬間、銃口は上向いた。反動リコイルで上に逸れたのではない。銃身を何かが打ったのだ。


 目に入るのは、A18の手元。地面に斜めに突き立てられたそれは、アスファルトの一部を的確に穿っている。NAWの拳大の穴が空いている。奴はバンカーの衝撃によって跳ね飛ばした破片を的確にProt-Fの腕へとぶち当てたのだ。


 彼女が絶句する間も無く、奴は鉈を構え直すL-40へ飛びかかる。

 頭部に生えた二本の角で首元の装甲の切れ目を抉り取る。視界を奪い、トドメに油圧バンカーの赤い穴を穿つ。残虐だが何処迄も合理的。獲物を肉団子へ加工するスズメバチじみている。


 それを見ているだけいられるはずも無い。同志の仇を取ろうと、盾裏から短機関銃の銃口を向ける残りの三機。犠牲の元に生まれた奴の背中を撃ち抜こうとするが、その弾雨は空を切る。


 奴は既にそこに居ない。這い回るゴキブリの如く、路地の隙間へと姿を消した。


 ミアは無線を飛ばす。


「盾は捨ててください。奴の武器に対して無力です。お互いに背を守り合い、銃を両手で構え、見つけ次第に撃ってください!やられる前にやる他ありません!」


 残りの三機は緩やかな円陣を組む。ミアも其処に加わる。四方を其々が警戒し、路地を覗き込みながら進む。炎に塗れた鉄火場は気付かぬうちに、怪物の潜む鋼鉄の密林へとその姿を変えていた。


 笑い声の様な奇怪な金属音が響き渡る。視界の外から。だが、とてつもなく近くで。


 ミアは気付く。カメラを上へと向ける。無線で叫ぼうとした。

 その前に、無線は声にならぬ悲鳴に満たされる。後方の通りを警戒していた同志の頭に奴は飛びかかってきた。路地から屋上へ一瞬にして這い上がり、彼女らのの死角から襲いかかってきたのである。


 ミアはL-40へ取り付くA18へ向け、散弾銃の台尻を振るう。純然たる質量による一撃。ペイント塗料の塗布が無い以上致命打になりえないが、奴の攻め手を止めることは出来る。凄まじい衝撃が走った様に思われたが、実際に腕に響いたのは巨大発泡スチロールの塊を叩いた程度のものだった。


 奴はわざと自分から後ろへ跳ね飛んだ。L-40の頭部を手土産とばかりに毟り取り、コクピット上に赤い丸を残した上で。


 無線から電子音声の撃破報告が流れる。これで此方は三機まで減らされた。


 同志達がミアを守る様に前へ進み出る。その手に握った短機関銃は両手によってしかと支えられ、外さないという意志が滲み出ている。

 

 奴は前傾姿勢で此方へ向き合う。張り詰める静寂、一瞬の停滞。首を擡げる奴の尻尾。


 そして、奴の尾先からノーモーションで白い弾頭が射出される。今度は、奴が機先を制した。迸る白煙は瞬く間に辺りを包む。奴は一瞬にして、右の建物の壁へ飛びつき、短機関銃の射線から逃れた。

 後は、壁伝いに奴が此方へ疾駆する足音が響く。奴が同志を食いちぎる音が鳴る。短機関銃はその閃光を吐き散らし切って、その銃声を止める。NAWが倒れ込む轟音が一体、二体と響く。


 ミアは己の未熟さを悔いながら、白煙の外へ素早く後退する。白煙の揺らめく中を蠢く奴の影へ散弾銃を打ち込みながら。


 煙が晴れる。


 後に残されたのは、ミアの乗るProto-Fと異形のNAWのみ。

 ミアは溜息を付き、散弾銃の弾倉へショットシェルを詰め込みながら、無線を繋いだ。オープン無線で独り言のように、A18の操縦手へと語りかけた。時間稼ぎの為、そして純粋な興味が故に。


「どうしてそんなに闘いが上手いのですか?誰かにそうする様に命令でもされてきたのでしょうか?このスロータータウンで?」

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THE STEEL FICTION 〜灰に帰した世界・機械少女と女兵士〜 タイガー・ナッツ・ケーキ @tigernutscake

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