085:B級戯曲


 タチの悪い冗談だ。ヘクターは機関砲を指切り撃ちしながらそう思う。


 スコープの先には中世騎士じみたNAWが何の捻りもないひら押しでこちらに迫って来ている。古い御伽話のように、手には剣と盾を持ち、恐怖など知らぬという面持ちで炎の中を進んでくる。


 確かに、先程までは炎に対する恐怖と揺らぐ視界に対する不信感によって、その動きは鈍っていたはずだった。お陰で、橋の上のホラティウス宜しく六体相手にホリーは孤軍奮闘出来た訳であるし、ヘクターも鴨撃ちの如く一方的に砲撃を加えることが出来たのだ。


 現に、突出して距離を詰めてきた一機に対しホリーが盾を毟り取り、其処にヘクターがトドメを刺した。二対六を二対五に変えたのである。


 だが、状況が崩れ出したのもそれと同時だった。


 奴等の動きは目に見えて変わった。その動きから恐怖は消え、物言わぬ機械へ。盾を構え、整列し、前へと進む。それだけを試行する真の意味での兵士と化した。

 

 今回の実技試験において、ソレは余りに単純にして難攻不落の正攻法だ。


 詰まっている弾丸がペイント弾ではなくマトモなAPCR(合成硬性徹甲弾)であるなら正面から撃ち破る選択もヘクターには残されていただろうが、現実はそうではない。壁が少しずつ二人を追い詰めつつあった。


 ヘクターは無線を飛ばす。


「ラッセル、ラミー。臼砲は撃てるか?くそ厄介な連中に詰め寄られてる」


 FLAKⅡの臼砲による曲射ならあの前時代的な隊列を悉く打ち破れる。その妥当な戦術的判断はラッセルからの無線によって裏切られる。


「悪いな、ヘクター。今それどころじゃない。超弩級にくそ厄介な状況なんだ」


 ヘクターは機関砲の弾倉を取り替えながら、苛立たしく問い返す。


「C部隊の連中は返り討ちにしただろ?何が問題だ?照準器にソーダでも溢したか?」


 返答に数秒を要する。嗚咽や叫びが入り混じる。


「っち、くそ、糞ったれ!ラミー、旋回しろ。マーレの邪魔になる!」


 混線する無線から響き渡るラッセルの指示、銃声と金属の撃ち合う耳障りな音。ヘクターの声にも焦りが混じる。大声で聞き返す。恥も外面も忘れて。


「おい、ラッセル!状況は!援護は!?」


「ヘクター、合流してくれ。御前の言ってた不明の二機が現れたんだよ。名簿に載ってなかった奴らだ。マーレが抑えてくれてるが…」


「HA-66とHA-67か?」


 脳裏によぎるのは、C部隊の隊長機をぶち抜いた後に目にしたHA-88の不気味なスマイリーマーク。如何して思い至らなかったのか。彼奴が不明の二人である可能性を。


「恐らくはそうだ。6か7かどっちかは分からないが、そうじゃなきゃ、マーレが近接戦で追い込まれる道理がない」


 マーレ・シジマ。昨日、彼女の動きを見せて貰ったが流れる様だった。今どき、刀一本なんて馬鹿げていると思ったが、強襲型M90の動きも相まり、偏屈なヘクターを納得させるだけの動きだった。


 脳裏に過ぎる疑問。もう一機は?奴等はグルなのか?


 だが、その思考の円環を砕く様にホリーの叫びが響き渡る。


「ヘクター!!!!燃料ナパームが切れた!援護して!!全速で後退する」


 ヘクターはデジャヴを感じながら、スコープをE部隊へ向ける。

 然し、炎の向こうに映り込む彼らの隊列は先程と変わり、散漫だった。浮き足立っていた。正面以外に敵を抱えている。側面から騎兵に突撃されたように。


 隊列の奥。美麗なるNAWが怪物じみた四足のNAWと戦っている。 

 

 資料にあったProt−FがE部隊の隊長機であるとすらなら、資料に無い肉食蟋蟀じみたNAWは恐らく不明の二人のうち一機だ。そうとしか考えられない。


 その動きはNAWのそれからは逸脱している。


 廃墟の壁面をアスファルトの上を縦横無尽に跳ね回り、Prot-Fへと襲いかかる。

 

 両手に備わる凶悪な油圧バンカーが打ち出される度に、全てがクラッカーの如く砕かれる。隊長機を守りに掛かったL40が構えた防楯すらもトタン板と変わらない。右腕で破砕し、左腕で抵抗すら許さずコクピットを的確にぶち抜くのだ。


 瞬く間に五機は四機へと減らされた。布陣はとうの昔に崩れ切っている。


 それでも、Prot-Fの方も唯のNAWではない。乗り手の腕も悪くない。舞うように肉食蟋蟀の攻撃を避ける。シミーを踏み、タップダンスを踊る。ベールの裏から銃口を覗かせ、散弾を放つ。リズムよく先台フォアエンドをポンプさせる。引き金を引いたままに行われるそれはスラムファイア。意図的な暴発による速射だ。


 一匹の怪物に対峙する四人の騎士と一人の姫君。

 

 戯曲としてはベタな仕立てだが、ヘクター達にとっては最高の題材だった。劇はその中で完結している。ホリーはかぶりつきの位置に座しているが、対岸の火事を決めこめるだけの距離は空いていた。


「ホリー、反撃は気にせず戻ってこい。連中、厄介な奴に狙われてる。ラッセルの方へ加勢しに行くぞ」


「こっちからも見えてる。誰だか知らないけど、有難いわ。見た目はキモいけど」


 ホリーは立つ鳥跡を濁すとばかりに、白燐弾を鳩の糞の様にE部隊へぶち撒け、一目散にヘクターの方へ撤退を開始した。


 前へ後ろへと忙しいが、兎も角、二正面は打ち切りにできる。片方は勝手に不穏分子が地帯戦闘をやってくれる。向こうの決着がつく前に、もう片方を片付けるのだ。流石に、四機で掛かれば、あのスマイリー野郎をやれる筈だ。


 あの中に詰まっているのが男か女か、そもそもこの皮算用が当たっているか知らないが、やる他ない。シュリーフェンもそう言っている。

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