最後の波が寄せる時

柊 あると

ACT 1

「ジョーカー」は必要さ。こいつがあれば俺は大博打が打てる。


 こいつ一人の働きで、俺は勝利者になれるんだ。


 こいつは切り札。


 大切にとっておいて、有効に使うんだ。


 けれど、いつまでも持っているものじゃぁない。やがて手に追えなくなる時がくる。


 だから、俺が勝つか奴が勝つか! って時に使うんだ。


「ここぞ!」ってときに、腕を振り上げて叩きつけるんだよ。ゾクゾクするぜ!


 ジョーカー。こいつはすごい奴だ。


 俺を勝者にも敗者にもする。


 けれど俺は、こいつを使って、必ず勝者になってみせる。


「ジョーカー」。おまえを使うのはたった一度だ。




 潮騒。それはけっして美しい音ではない。


 けれど耳障りでもない。


 不思議なざわめきが絶え間なく鳴り響く。


 穏やかにさざめく海。青く光り白く濁り砂を濡らす。


「美しい風景」


 その感動はなによりも優先され、セイの唇から漏れた。


 だが次の瞬間、セイの頭はその感動を否定し、陸棲人りくせいじんとしての自覚が、彼の中から溢れ出した。


(海! 惑星リウの半分を占め、おそらく大陸から発掘される資源とは比較にならないほどの化石資源が埋蔵されている。


 けれどそれらを、我々陸棲人はただ見ていることしかできない。確かに海は美しい。けれど、それだけだ。それ以外に役立つことはなにもない!)


 セイの中で、海の美しさは憎しみとイコールだった。


 空と同じきれいなあおが、果てしなく続く。


 海の中に埋没している膨大な資源。


 知っているのに、海水に触れることすらできない、自分たち陸棲人。


「お預けを食らった犬だな」


 セイは半分ひねくれた気持ちで呟いた。


 目の前にあるのに、絶対に触れられないもどかしさが、セイにそう言わせていた。


(海は『幽霊セレステ』のものだ)


「幽霊」。


 水棲人すいせいじんのことを陸棲人はそう呼ぶ。


 彼らは白く半透明で、ろうそくの炎のような姿をし、海流に合わせて、ゆらゆらと揺れているだけの生物だった。


 魚類と大差ない。


 仮説でしかないが、全身で海水を透過させ、プランクトンを食料としていると言われている。


 たいした量の排泄物もないらしい。それらは小魚たちの餌になっていると推察され、海は常に正常なPHを保ち「汚染」という言葉はない。


 しかし、陸棲人たちはその真逆だった。


 生活すればゴミが出る。ものを造れば大気が汚れる。


 老廃物を海へ捨てようと試みた時代もあるらしいが、なぜかそれらは陸へと押し戻されたり、地中から陸へと沁み込んで戻され、湖を真っ黒に汚染させたという。


 おそらく、水棲人の仕業だろう。


 彼等は「水」を自由に操る。


 その事実から、「水棲人」は高知能生命体であると、陸棲人たちは知ったのだった。


 海と陸は真っ二つに分かれ、境界線がはっきりとしている。重なり合う部分は一切ない。


「狭間領域」がないと言えば、一番理解しやすいだろう。


 陸と海。ここに接点は全くない。


 それが「惑星リウ」の生態系だった。


幽霊セレステなんかに海は無用の長物だ。奴らは、好き勝手に海の中を揺らめいている、不定形生物に過ぎない。


 ただ回遊するだけしか脳がない下等生物なのに、俺たち陸棲人が海水に触れられないことを知っていて、海を独占しているんだ。


 枯渇していく化石資源におびえている陸棲人のことなんか、全く興味も持たず、その資源を使うわけでもないのに、溢れるほどの資源を持った海に生息する水棲人。


 海水も幽霊セレステも、忌々しい存在でしかない!)


 海を使ったリサイクルシステムを使えない陸棲人たちは、湖を使うか陸に大規模リサイクル工場を造り、不要物を極力出さないようにするしかなかった。


 それでもすべてをリサイクルできるわけではない。


 膨大な土地に埋めるしかないのだ。


 そこから「汚染物質」が流れ出ないように、神経を張り詰めている。


(海さえ、俺たち陸棲人のものになれば、化石資源の枯渇に恐怖することも、リサイクルシステムだってもっと進歩し、大気汚染や土壌汚染で、病になることもないというのに……)


 これはセイだけではなく、陸棲人すべての願望だった。


 陸棲人は海を欲していた。


 けれど「幽霊セレステ」はその名の通り、陸棲人には理解できない方法で、海に陸棲人を近づけさせなかった。


 さらに陸棲人の身体は、海水に触れた瞬間、「人体自然発火」するかのように燃えてしまうのだった。

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