ACT 6

「長」


 従者が長の洞窟へと入ってきた。


「どうした?」


 長は疲れ切ったように、ゆっくりと顔をあげた。


「あの子がセレステの入り江にいます」


 従者は嬉しそうに、白く虹色の光を帯びながら、淡く揺らめいた。


「ほう?」


 長は座っていた岩から立ち上げると、セレステの入り江に流れ込んでいる海流に乗った。


 長の周りに回遊魚がまとわりついて、魚鱗を輝かせた。


 彼らを供にして、長は白い体を揺らしながら、静かに上昇していった。


「おまえも来い。セレステの入り江は水深がかなりあるから、あの子の近くまで行かれる」


「はい。長」


 従者も力強く砂地を蹴った。


 その動きに魚たちは一瞬輪を乱したが、すぐさま彼の周りに戻り、従者の姿も消した。


「長。彼らを見てください」


 従者は入り江に向かう途中ですれ違う、水棲人たちを指さした。


「見ずともわかる」


 長は面倒くさそうに続けた。


「陸棲人が海を狙っている。それが事実であることは、わしもわかっておる。『侵略され、滅亡に追い込まれるのではないか?』という『不安』で心が乱されているんだと、皆が思い込んでおる。哀れよの。全く違うものに『不安』をいだいてるのに……。陸棲人に対する不安より、ここにいる不安のほうが大きいんだ。だが、不安の真の理由を、誰も自覚してない」


「彼らが持っているのは、『なぜ我々は、ここにいるのだろうか?』という漠然とした疑問なのです。それはだんだんと、もっと具現化して膨張してくでしょう」


 従者は予言のように呟いた。


「ふん。いいのか? 『なぜ我々は、海を支配できないのだろうか?』。陸棲人はそう考えておるぞ。そして、狙っておる。虎視眈々とな」


「彼らの願望と、我々の願望は『質』が違います」


 従者は反発するように告げた。


「それを正確に理解している水棲人は、わしとおまえだけじゃ」


 長は従者を見ながら呟いた。


「理屈はどうでもいいんです。長。彼らを見てください。浅い海底に座り、一日中海面を見つめてます。キラキラ光り輝く海面を……です。彼らはその輝きにあこがれて、勇気を出して海面に向かいますが、海面から顔を出すことは叶わず、失望しながら海底に沈んでいくしかないんです」


 目の前でそれを繰り返している水棲人たちを、悲壮な目で眺めながら、従者は長に答えを求めようとしていた。


「そう。我々の身体はそういう創りなんだ。海から出ることは叶わない。惑星リュウの大気を吸うことはできない。陸棲人が海水に触れられないように、我々水棲人は陸には上がれない。それなのに、想いだけが強くなる」


「そうです、長! もう限界なのです」


「薬師のおまえがそう言うのだから、本当に限界が近づいているということだな」


 長は憐れみを含んだ視線を、従者に投げかけた。


「はい。理解している私でさえも『早く解放されたい』と願うんです」


 従者は顔をゆがめて、無理やり笑った。二人は、セレステの入り江の中央に流れ込んできた。


「おまえには、これ以上無理だろう」


 長は従者を振り返った。


「いいえ。もう少し。私もあの子を見たい」


「いや、おまえにはこれ以上の浮上は無理だ。わしの精神に同調しろ。わしの目を使って見ているんだ」


「……はい……長」


 従者の言葉に長は頷くと、海底に身を低く張りつかせるようにして、浜辺に近づいていった。長の目に自動車とリューが見えた。


「自動車が、砂にタイヤをとられて動けないんだな」


 長は呟いた。が、次の瞬間、驚きに目を大きく見開き叫んだ。


「見えるか!」


 長の驚きそのままに、従者も叫んだ。


「見えます! 長!」


「すごい。自動車が軽々と宙に浮かんだ。そのまま道路へと移動していく」


 長は感動に声を震わせた。従者も長の感動・鼓動・震え。それらをひしひしと体感しながら、全く同じ光景に感動していた。


「すごい! おい。あの自動車を追うぞ」


 長は従者が待っているところまで戻ると、すぐに海流に乗った。


「あの子と接触するんですか?」


 従者は慌てて長の後を追いながら尋ねた。


「そうだ。早いほうがいい。あの陸棲人だって、このままでいるわけない」


 長は従者を振り返ると強い口調で言った。老人の顔には生気が戻り、生き生きとしていた。

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