ACT 9

「行くなぁ―――――!!」


 叫んだと同時に、セイの中で声が鳴り響いた。


(あの子はジョーカーさ。奴が勝つか俺が勝つか、その瀬戸際で使うんだ)


(あの子はジョーカーさ。こいつを使うのはたった一度限りだ)


(あの子はジョーカーさ。ジョーカーを使うのは今なんだ!)


 セイはリューの細い首に両手を回した。


「おまえはジョーカーだ!」


 セイはリューの顔を覗き込みながら叫んだ。


「とうさん! 何をするの?」


 リューは突然のことに声を震わせ、自分の首に回されているセイの両手に、自分の両手をかけて振りほどこうとした。


「おまえを水棲人セレステなんかに、渡さない!」


 セイは言いながら、リューの首をゆっくりと絞め始めた。


「苦しい。とうさん、いやだ!」


「苦しいか? だったら俺の言うことを聞け! 水棲人を殺せ。おまえにはその力がある!」


 セイは力を少し緩めた。


「そんなことできないわ! どうやれって言うのよ! 私は何もできない!」


 リューは真っ赤な顔をして、涙をためて叫んだ。


「できる! おまえが持つ『神祟りの能力』を使え! 水棲人を亡ぼすんだ!」


 セイは半狂乱になって叫び、再び首に回した両手に力を込めた。


「いや! 苦しい。 幽霊セレステ。助けて! 私を助けて!」


 リューは泣き叫びながら、海中を見た。


 けれど二人の水棲人は沈黙し、ただ静かに揺れているだけだった。


 その姿を見た瞬間、彼女は同胞であるはずの水棲人に、裏切られたと悟った。

 

 リューの中に強烈かつ膨大な憎悪が生まれた。


 それが「神祟りの能力」を使う精神を最高レベルまで押し上げた。


 さらにリューの中に未だ内包ないほうされていた「物質移動能力」の巨大なエネルギーは、軽くレッド・ゾーンを振り切って暴走し始めた。


 それはもう、リュー本人ですら、制御できない状態に陥っていた。


 いや、制御しようなどと考える余裕すらなかった。


 セイの両手が、頸動脈と気道を完全にふさいでいたのだ。


 窒息死寸前の状態にあったリューは、首を絞められながらも、横目で海を睨みつけた。


「海を…………。海水を……………ぜ……全部……取り去って…………や……る! すい……せ……い……じん……なんか、滅んで……し……ま……え……」


 リューは途切れ途切れの唸り声を発した。


「そうだ。そしておまえも死ね! 海水は不要だ。水棲人は邪魔だ! おまえは俺たち陸棲人にとって『脅威』だ。おまえが唯一無二の存在である今。俺はおまえを殺す。これで最後だ! 惑星リウは、我々陸棲人のものになる!」


 セイは両手の力をさらに強めた。


「と…………う…………さ…………ん」


 セイの手の中で、リューは涙を流しながらこと切れた。


 だが、セイはその瞬間を見ていなかったし、声を聞いてもいなかった。

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