沼ハマの入り口
夏目碧央
第1話 オレ、面倒くさいよ
出先での打ち合わせが終わり、そのまま直帰になった。午後6時過ぎ。ちょうど新宿だ。そんな気分になったので、ゲイバーに寄る事にした。
この時間でも開店している店を選び、入って行った。すると、とても若い子が独りで飲んでいた。一見20歳にもなっていないように見える。こんな時間に独りで飲んでいるとは、どんな事情がある男の子なのか。
「ここ、いい?」
疑問形にはしているが、全く悪びれずに隣に座った。若い男はチラリとこちらを一瞥すると、
「いいけど。」
一言そう言って、ドリンクをゴクリと飲んだ。
「んん?誘ってるのかなー。あーいやいや、睨まないで。君、見たところすごく若いみたいだけど、いくつ?」
畳みかけるようにして話しかけた。どうやら少し緊張しているらしい。ナンパは久しぶりだ。
「俺、面倒くさいよ。いいの?」
彼は首をこちらへ向けて、じっと見てきた。面倒くさいとは、どういう事だろうか。ああ、ダメだ。その目に見つめられたら頭が働かなくなった。欲望には抗えない。
「いい。」
「じゃあ、うち来る?」
問答無用。買ったばかりの、手に持ったカクテルを一気にあおった。
「名前、聞いてもいい?」
「潮 朝陽(うしお あさひ)。あんたは?」
「播磨 祐作(はりま ゆうさく)だ。歳は?」
「21。」
「意外と行ってるんだな。」
学生だろうか。髪にメッシュを入れている。
「そっちは?」
「祐作ね。俺は28。」
「意外と若いね。」
意外とは心外だ。2人で並んで歩いていくと、朝陽の目的地に着いたようだった。それは彼の家ではなかった。
「保育所……?」
確かに、面倒くさそうな予感がしてきた。ここで彼は何をしようというのか。
「これ、里奈(りな)、1歳。」
赤ん坊を抱えて出てきた朝陽は、俺にそう紹介した。1歳の女の子は確かに可愛いが、この21歳の若造が、既に子持ちだという衝撃から立ち直れない。
「これ、君の子……なの?」
「うーんと、半分外れ。」
「なんだ、それ。」
「俺が育ててるけど、子供じゃなくて姪っ子なんだ。姉ちゃんの子だから。」
朝陽はそう言った。
朝陽の姉、潮 美香(うしお みか)は結婚せずに出産したが、2か月ほど前、25歳で病死したのだった。両親は鳥取にいて、母親が病気。赤ん坊を両親に預ける事は出来ない。よって、朝陽がとりあえず里奈を引き取ったのだった。
「だけど君、独りで育てられるのか?そもそも君学生だろ?収入もないのにどうやって。」
今更だとは思うが、言わずにはいられなかった。
「姉ちゃんの生命保険が下りたから、保育所代は何とかなってるけど……。俺、学生じゃないよ。一応働いてるから。」
朝陽にそう言われて、自分が見た目で決めつけていた事に気づいた。
「あ、ごめん。学生じゃなかったのか。何やってるの?」
「ダンサー。」
「え!?」
驚いた。確かに、見た目は派手だが。
「本当?からかってるんじゃないよね?」
「本当だよ。だけど、いつも仕事があるという訳でもなくて……。」
朝陽はそう言って俯いた。つまり、収入も不安定という事か。
「ほらね、面倒くさいでしょ?」
朝陽は顔を上げると、そう言った。
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