第17話 確証

 怒りで歯を食いしばり、ヨタヨタと歩いた。顎が痛いので、立ち止まって深呼吸をする。こんなに嫌な事を言われるとは思わなかった。潮美香の事を悪く言われるのも、ものすごく頭に来た。彼女とは話した事もないが、朝陽の肉親を悪く言われるのは我慢できない。

 それから、俺が利用されている、という話も心外だった。いや、そうではない。ほんの少し、柴田の言う事に心を動かされてしまったから。もしかしたら、そうかもしれないと、ほんの少し考えてしまったから。それが悔しい。

 確かに、出会った日から里奈の存在を知らされ、時にお迎えを頼まれ、ベビーシッターの代わりもした。だが、好意(行為)を盾に金品を要求する女は、いや男も山ほどいる。それに比べたら大した事ではない。少し早く仕事を切り上げるだけだ。全然金を使っていないのだ。

 だが。朝陽は俺に対して、本当に愛情があるのか。大して好きではなくても、俺に利用価値があるから。里奈の世話をするにあたって、俺がいると便利だから、だから付き合っているという事は……。打ち消したいが、打ち消せるだけの証拠はない。見返りに情事を許してくれるなら、一体何をもって見極めればいいのか。本当の愛情か、利用しようという打算か。そんなの、世の中のどのカップルにだって、確証はないのではないか。


 「朝陽、たまにはうちに来ないか?ベビーベッドはないが、里奈を寝かせるくらいのスペースならあるぞ。」

朝陽に電話して、家に誘った。最寄り駅で朝陽と里奈の到着を待ち、一緒に自宅マンションへ行った。

「うわー、いいとこ住んでるねー。やっぱり大企業の社員は違うなー。」

ベビーカーを玄関に入れ、里奈を連れて部屋に入って来た朝陽が言った。

「なーに言ってるんだよ。お前の姉さんだって同じ会社だったのに。」

「まーね。姉ちゃんの稼ぎのお陰で、保険金もそれなりにあるわけだけど。でも姉ちゃんは一般職ってやつだったよ。祐作さんは総合職?技術職?」

「技術職。まあ、それはいいとして。夕飯作るから、適当に座ってて。テレビとか観てもいいよ。」

「わー、でっかいテレビだなー。」

それ程でもないのに、朝陽はモニターに感動し、里奈をソファに座らせた。テレビをつけ、幼児番組に変えている。流石だ、朝陽。そんな事、全く考えが及ばなかった。

 2人がテレビを観ている間に、夕飯を作った。里奈の食事の事も調べておいたから、同時に作って途中で取り分ける。乳幼児には、塩分など調味料を加える前に取り出すのだそうだ。脂っこい物も、もちろん生魚などもなし。今日はシチューにするので、ルーを入れる前に里奈の分を取り出した。

「はーい、出来たよー。」

ダイニングに2人を呼び、里奈には特別、低反発クッションを乗せた椅子を用意した。

「うわー、祐作さんすごい!美味そう。」

「市販のルーを入れたから。簡単だよ。」

朝陽は里奈を座らせ、持参した前掛けを掛けた。そして自分も座った。

「いただきまーす。美味い!ほら、里奈にもあーん。」

朝陽は自分も一口食べ、里奈にも一口食べさせ、また自分も食べている。育児力がアップしているな。

「ほら、パンも食べて。このパン美味いんだよ。里奈も食べられる?」

「里奈、これ持って。」

里奈が持つと、ロールパンがでっかく見える。里奈はそれを掴むと、顔からかぶりついた。そして、ほっぺをペチペチと叩いた。

「そうか!おいちいか。」

とても嬉しい。


 「こういうの、めっちゃ幸せだね。」

食事が終わり、食器を下げていると、朝陽が言った。

「そうか?うん、そうだな。」

俺が料理をし、朝陽が子育てをする。それがいい、という事なのだろう。里奈は俺の子ではなく、朝陽の姪だから、子育ては朝陽が担当する。他の家事は俺がやる。そうすれば上手く回るという事か……。

(お前に何かメリットはあるのか?)

ふと柴田の声が頭の中に響いた。でも、朝陽が幸せならいいではないか。俺を頼りにしてくれて、そして愛し合えるなら。

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