第6話 リハーサルが始まった瞬間

 中目黒の駅から少し歩いたところに、そのスタジオはあった。ズンチャカズンチャカと音が鳴っているが、まだ客はいない。色々と準備中のようで、コードをグルグルと巻きながら歩く人や、照明器具をいじっている人などが行き交っている。

 ステージと思われる場所を通り過ぎ、カーテンの奥の「楽屋」へと直行した。楽屋にしては狭い。

「ここが、楽屋?」

そう尋ねると、

「荷物置くだけだから。」

と、朝陽が言った。そこで朝陽は軽く着替えると、客席へと促された。

「リハ行きまーす。」

女性のスタッフが大きな声を出した。

「じゃ、行って来るから。ここで待ってて。」

朝陽に言われた。里奈を抱っこバンドで固定したまま、俺はパイプ椅子に座っていた。ステージでは曲が流れ、数人ずつが踊ったりし始めた。そして、朝陽が舞台へと走り出てきた。踊る所を見られる、と思ったところで、

「うえーん、うえーん!」

俺の胸の前で、里奈が泣き出した。どうしてだ、何があった?音楽が大きく鳴っているから、周りに迷惑をかけている訳でもないかもしれないが、気になる。落ち着いて座ってなどいられない。立ち上がり、背中や尻をペシペシと軽く叩いてみるが、里奈は泣き止まない。仕方がない、一度外へ出よう。

 スタジオは地下だったので、階段を上がって地上へ出た。外へ出ると明るい。

「どうしたんだ、里奈。おじちゃんがいないのが怖いのか?ん?暗いのが嫌だったのか?」

里奈の顔を覗き込んでみると、里奈は泣き止んで指をしゃぶっている。涙が目元にいっぱい溜まっている。渡された荷物の一番上にガーゼのハンカチがあったので、それで涙を拭いてみた。すると、里奈はちょっと目を閉じた。すると、そのまま俺の胸に寄りかかり、目を閉じたままになった。

「どうした?あれ、眠いのか?」

ゆらゆらと体をゆすってやると、里奈はそのまま眠った。しゃぶっていた指がだらんと垂れ、すやすやと眠っている。か、可愛い。だが……朝陽のダンスを見逃した。

 そのままぶらぶらと歩いて、また戻って来たりしていると、朝陽が階段を駆け上って来た。

「祐作さん、どうかした?里奈が泣いたの?」

息を切らしている。俺たちがいないことに気づいて、慌てて探しに来たのだろう。

「泣いたから外に出たら、そのまま寝ちゃったよ。ほら。」

体を横に向けて、朝陽に里奈の顔を見せた。すると、朝陽はニッコリした。そう、赤ん坊の寝顔を見ると、皆こういう笑顔になるものだ。

「そっか。眠くなると何故か泣くんだよ、赤ん坊って。暗くなったから眠くなったのかな。あははは。」

朝陽がそう言って笑った。そうか、眠くなって泣いたのか。

「このまま少し外にいるよ。本番までどのくらい?」

「あと30分で開場して、1時間後に開演。でも、もう大丈夫だから中で座ってたら?」

そう言われると、確かにこのままでは腰と肩がやられそうだと思った。

「そうか。じゃあ、そうする。」

朝陽と一緒にまた階段を下りた。

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