06 オールド・アイアンサイド

 議会派ラウンド・ヘッズ斥候ものみが大声を上げた。


「敵接近! 旗印から、プリンス・ルパート! 狂奔の騎士マッド・キャヴァリアーだ!」


 ……一六四四年七月二日、イングランド、ヨーク郊外、マーストン・ムーア。

 ヨークを包囲していた議会派ラウンド・ヘッズの軍は、騎士党キャヴァリアーズの「狂奔の騎士マッド・キャヴァリアー」プリンス・ルパートの接近を知り、撤退。

 ヨークを救ったルパートであったが、彼はそれに飽き足りず、今こそが議会派ラウンド・ヘッズをたたくべきと、ヨーク到着と同時に出撃、それにはヨーク守備隊のニューカッスル候ウィリアム・キャヴェンディッシュらを伴っていた。

 そしてマーストン・ムーアという地で追いつき、ルパートは叫んだ。


「兵数はわれら騎士党キャヴァリアーズに不利。だが見よ、この地勢!」


 この、生まれついての名将は、抜け目なく高みに位置し、議会派ラウンド・ヘッズを見下ろしていた。



 対するや、議会派ラウンド・ヘッズはすぐに攻撃に出たかというと、そうでもない。


「機を待て」


 スコットランドの同盟派カヴェナンターの宿将、リーヴェン伯アレクサンダー・レズリーは天を指差した。

 議会派ラウンド・ヘッズ東部連合イースタン・アソシエーションの驍将、オリヴァー・クロムウェルはその天を見た。

 すでに日は傾きつつあり、そして雨も降り出していた。


「なるほど。プリンス・ルパートが地の利を取るならば、われらは天の時、というわけですな……リーヴェン伯」


しかり。そこでクロムウェルどの、頼みがある」


「何なりと」


「われらスコットランド勢は遠くから来た。疲労もある。そこで……」


 アレクサンダーのささやきに、クロムウェルはうなずき、そして自陣へ戻った。



「突撃せよ!」


 日が沈み、暗さが増した時、それは起こった。

 スコットランド同盟派カヴェナンター、アレクサンダーが、騎士党キャヴァリアーズ右翼、バイロン男爵の軍へ向けて突撃を敢行した。


「あわてることはない。スコットランドの連中は遠征で疲れている。しのげば勝てる」


 ルパートの冷静な指示により、バイロン男爵はじっと耐えしのぎ、そして同盟派カヴェナンターの勢いが落ちたところを狙って反撃に出た。


「プリンス・ルパートの言ったとおりだ! このいくさ、勝てるぞ!」


 バイロン男爵はよくやった。同盟派カヴェナンターの軍が総崩れになる寸前にまで追い詰めていた。

 だが。


「いけない! 誰かある! バイロン男爵に下がるように……」


 ルパートは同盟派カヴェナンターに反撃するまでは読みどおりだと思っていた。

 しかし、

 三十年戦争の英雄にしては、粘りが足りない。

 まさか。


詩篇サーミを唱えよ! 神への感謝を!」


 クロムウェルが、おのれの鍛え上げた連隊を率い、バイロン男爵の軍のに、横合いから一撃をくれた。

 彼は、事前にアレクサンダーからこの機を狙うように指示されていたのだ。

 だがクロムウェルは、その指示どおりに動いた結果――


「一撃で……撃滅だと!?」


 プリンス・ルパートはうめいた。

 何かの罠をと思ったが、これでは話がちがう。

 バイロン男爵の軍に、多少の動揺はあるだろうと思っていたが、まさか一撃で撃滅とは。

 そうこうするうちにも、バイロン男爵が敗兵を糾合して、体勢を立て直そうとするのが見える。

 そこをクロムウェルが、さらなる攻撃を加える。


「……させるか!」


 ルパートは、ここが勝負時だと思った。

 このままバイロン男爵が潰されては、騎士党キャヴァリアーズは敗北だ。

 逆に、あのクロムウェルの連隊をたたき潰してしまえば。


「つまりはあの剛勇の者 オールド・アイアンサイドこそ、議会派ラウンド・ヘッズ。あれを倒せば……勝ちだ!」


 ルパートの決断は早くそしてすさまじく、彼は全軍をもってクロムウェルの連隊に向かっていった。


われにつづけフォロー・ミー!」


 この怒濤の攻撃に、だがクロムウェルの連隊は耐えた。

 そこを同盟派カヴェナンターのアレクサンダーがかけつけ、ルパートの軍が固まった瞬間を、したたかに撃った。


「神への感謝を!」


「……この、狂信者どもが!」


 クロムウェルは手傷を負ったが、ついにルパートの軍を撃破する。

 この勢いにより、ルパートは落馬してしまう。


「捕らえよ! プリンス・ルパートを押さえれば、騎士党キャヴァリアーズは終わりだ!」


 クロムウェルの連隊の一人が、馬を駆ってルパートに接近する。

 そこへ。


「……ボーイ!」


 白い猟犬プードルが現れた。

 ルパートの愛犬、ボーイ。

 ボーイは、戦いから離れたところに縄でつながれていたが、主人の危急を悟ったのか、縄を噛み切って、駆けつけたのだ。


「……くっ、この犬!」


「……やめろ、ボーイ!」


 ボーイはルパートに近づいた騎兵の馬の脚に噛みついた。

 馬はたまらず暴れる。

 ボーイを残った脚で、滅多打ちにする。

 その隙にルパートは馬にまたがったが、ボーイは噛みついたままだ。

 ボーイと目が合い、ルパートはその心を知った。


「……すまない!」


 ルパートは逃げ、それに満足したのか、ボーイは馬に噛みついたまま、目を閉じた。

 その様子を見ていたクロムウェルは、追撃をやめさせた。


「その犬は主人ルパートに忠実だっただけだ。もう、かまうな」


 それに、ルパートは退けたものの、残りの騎士党キャヴァリアーズはまだ健在で、議会派ラウンド・ヘッズを圧倒しつつある。

 クロムウェルは天を仰いだ。

 夕暮れから始まった戦闘は、今や、宵闇の中。

 夜はまだまだ終わらない。戦いも。

 だが。


「その夜の終わりまで何マイルあろうとも、駆け抜けるのみ!」


 その後、クロムウェルは鉄騎隊アイアンサイドと共にそのまま戦場を駆け抜け、騎士党キャヴァリアーズ左翼を背後から攻撃、これを撃滅し、余勢を駆って、最後に残ったニューカッスル候をも撃破した。


 ……ここに、マーストン・ムーアの戦いは議会派ラウンド・ヘッズの勝利に終わった。

 こうして剛勇の者 オールド・アイアンサイドクロムウェルは、その鉄騎隊アイアンサイドと共に、その名を燦然と輝かせることになった。

 そしてその輝きは、「王の支配」という夜を終わらせ、彼をして、護国卿ロード・プロテクターならしめるのだが、それはまた別の話である……。


【了】

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夜の終わりまで何マイル? ~ラウンド・ヘッズとキャヴァリアーズ、その戦い~ 四谷軒 @gyro

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