8 師匠と女弟子と鎧
「乾杯!」
俺とマリンはジョッキをぶつけ合う。
品評会で優勝を果たし、賞金で滞納していた借地料を払って、工房買収の危機を乗り越えることができた。だから、二人で祝勝会を開いていたのだ。
本格的な祝勝会は、後日知り合いを集めて酒場で行うつもりだった。ただ買収の阻止が目的で参加したから、どうしても一度は工房の中で祝杯を挙げておきたかったのである。
酒に酔っているのか、それとも勝利に酔っているのか。まだ一口目だというのに、マリンは早くもハイになっていた。
「やりましたね!」
「そうだな」
「優勝ですよ、優勝!」
「まあなぁ……」
言いたいことがないわけでもない。しかし、わざわざ祝いの席で口にすることでもないだろう。俺はビールと一緒に言葉を飲み込む。
けれど、顔には出てしまっていたらしい。
「どうかしましたか?」
「いや、もっと完璧に透明にしたかったなと思って」
「はい?」
「だから、リキッド・ビキニアーマーって、角度によっては着てるのが分かっちまうだろ? それを改良できないかと思って」
詳しい説明を聞きたかったわけではないのだろう。俺の返答に、マリンはますます眉間のしわを濃くする。
「そんなこと考えてたんですか? 優勝したのに?」
「わざわざ透明にする理由がないのをどうにかできないか、ってことも考えてたぞ」
「師匠は本当にこだわりますね」
実を言えば、もっと根本的な改善点も思い浮かんでいた。ただ肌が見えるだけでは、目でしか楽しめない。手でも楽しめるように、肌に触れるようにしたかったのだ。
しかし、そんな俺の悩みを、マリンはばっさり切り捨てる。
「細かいことを言い出したキリがないですよ。とりあえず工房は存続するんだから、それでいいでしょう」
「それはそうだが」
「そうですよ。勝ったんだからいいんですよ」
「エンスのやつも透明な鎧を作ったって言い出した時はびびったけどな」
あの時は、正直自分の負けかと思った。リキッド・ビキニアーマーの改良品を先に作られたのか、と。
「でも、結局別物だったじゃないですか」
喉が渇いたのか、マリンはそこで一旦ビールに口をつける。
「やっぱりアモン師匠の腕は世界一です」
珍しく小言や皮肉抜きの褒め言葉だった。
マリンが素面でそんなことを言うとは思えないから、やはりもう酔っ払ってしまっているのだろう。その証拠に、頬を赤らめ、目を輝かせて、熱っぽい表情を浮かべていた。
「勝ったんだって?」
兄弟子を何だと思っているのか。相変わらず、クリスタは勝手に工房に押しかけてくる。
けれど、まったくの礼儀知らずというわけでもなかったようだ。
「おめでとう。これお祝い」
クリスタにはまだ優勝したことは報告していなかったはずである。ただ工房の存続がかかっていることは事前に伝えてあった。だから、品評会の結果を気にかけてくれていたのだろう。
差し出されたバスケットの中には、手作りのお菓子が入っていた。俺の好物のアップルパイである。思わず顔がほころぶ。
一方、マリンは白けた表情をしていた。
「大してめでたくもないですけどね」
「そうなの? なんで?」
「開発費がかなりかかりましたからね。それに溜めてた借地料と私の給料も払わなくちゃいけなかったですし。おかげで、トントンってところですよ」
せん
そのため、ビキニアーマーに応用するには、俺たち自身の手で何度も実験を繰り返す必要があった。それこそ、最後には費用を高利貸しから借りなければならなかったくらいである。
「まぁでも、技術力はアピールできたからな。これで客も増えるだろう」
不機嫌そうなマリンを、俺はそうなだめる。タダで工房の宣伝ができたようなものなのだ。長期的に見れば、収支はプラスということに――
「え?」
クリスタが驚いたような声を上げる。
「え?」
その反応に、俺とマリンは逆に驚いていた。
「いやいや、増えないでしょ。本気でビキニアーマー作るような変態の店なんて、女の子は行きたくないって」
「あ……」
事実、品評会にはあれだけの人数の観客がいたのに、女の姿はまったくなかった。審査員が男ばかりだったのも、女には断られたからではないだろうか。
ファッションとして機能するので、ビキニ自体は女からも需要がある。しかし、本来防具としてまったく機能しないビキニアーマーは、完全に男の欲を満たすために生み出されたものだと言っていい。女冒険者が毛嫌いするのも当然だろう。
「でも、男の客は来るだろ」
「女の子が敬遠するなら、男だって行きづらいでしょ」
確かに、『ビキニアーマーを作るような店に行く男』というレッテルを、進んで貼られたがる人間はいないだろう。
その上、「最近は『エロいのは苦手』とか『時間や場所を弁えるべき』とかって男子も多いしね」とクリスタは追い打ちまでかけてきた。
「まさか、お前が品評会に出なかったのって……」
「それも理由の一つだよ」
思い返してみれば、観客や審査員どころか、参加者も男ばかりだった。女の鍛冶師たちは、宣伝としては逆効果だということをよく分かっていたのだ。
「だから、兄弟子は目先のお金に困って仕方なく出るんだと思ってたんだけど……もしかして優勝したあとのこと考えてなかっただけだったの?」
「いや、まぁ」
「相変わらず商売が下手だなぁ。親方が聞いたら泣くよ」
後継者を決める時も、それが理由で俺ではなくクリスタが選ばれたのだった。あの頃から全然成長できていなかったらしい。
さんざん他人を小馬鹿にした挙句、「じゃあ、私はもう行くね」とクリスタは悪びれもせず工房を出ていく。それも、「兄弟子と違って仕事が忙しいから」と余計な一言を付け加えて。
後継者には礼儀も必要だと、親方は考えなかったのだろうか。せめてもうちょっとしつけておいてくれると助かるのだが……
「すみませんでした!」
そう謝ったのは、クリスタではない。もちろん親方でもない。
マリンが頭を下げてきたのである。
「私が考えなしに参加を決めたせいで、こんなことになってしまって」
「そうは言っても、出なかったら工房を買収されてたわけだからなぁ」
「他の方法でお金を稼いだってよかったじゃないですか」
「そんな都合よくいくと思うか?」
買収の話が出る前から、品評会には目をつけていた。それくらい、もともと金策に困っていたのである。
にもかかわらず、マリンはまだ食い下がってきた。
「でも……」
「お前のおかげでいい仕事ができたからな。俺にはそれが一番だ」
品評会への参加を決めて、開発を始めるきっかけをくれた。雑務を引き受けて、製作に集中させてくれた。海に連れ出して、アイディアを閃く機会を与えてくれた…… リキッド・ビキニアーマーは、マリンがいたから完成させられたのである。
確かに物が物だから、世間からは不名誉な扱いを受けることになるかもしれない。しかし、実用性のあるビキニアーマーという、これまで誰も作ることのできなかった装備品を実現させられたことは、俺にとっては誇らしいことだった。
そう言って聞かせると、「仕方のない師匠ですね」とマリンは微苦笑を浮かべるのだった。
◇◇◇
翌日のことである。
「女性向けの商品を開発しましょう」
工房に出勤してくるなり、マリンはそう宣言するのだった。
「品評会の件で、女性冒険者からの評判は最悪ですからね。新作でビキニアーマーのイメージを払拭するんです」
「なるほど」
マリンはもう今後の経営方針を考えてきたらしい。昨日しょげていたのが嘘のようである。もっとも、いつまでもあの態度を引きずられても鬱陶しいから、こっちの方が断然よかったが。
「師匠の装備はデザインが古いとか無骨過ぎるとかで、前々から女性受けが悪かったですからね。いい機会ですから、ついでに反省してくださいよ」
いや、もうちょっとしおらしくしてくれた方がよかったかもしれない。
ただ経営のことを考えれば、客層を広げようという、マリンの意見はおそらく正論だろう。それに技術的な面でも、苦手分野を避けてばかりでは上達がないに違いない。だから、これからは女受けも意識すること、それはいい。
「それはいいけどよ……その前に一つ聞きてえことがあるんだが」
「何ですか?」
俺は改めて、マリンの姿を観察する。
「その格好はいったい何なんだ?」
どういうつもりなのか、今日のマリンはごつい全身鎧を着込んでいたのだった。
(了)
ビキニアーマー戦争 蟹場たらば @kanibataraba
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