7 ビキニアーマーの本質
クリア・ビキニアーマーよりも透明度が低い。
このエンスの指摘に、審査員たちはざわめきだしていた。
「言われてみれば確かにそうね」裁縫職人代表は目を細めて注視する。
「角度によっては鎧があるのが分かるな」冒険者代表は上下左右に首を動かす。
「わずかな差ではあるが……」伯爵はそう言葉を濁す。
三人と違って、鍛冶師代表のデマント親方の評価は甘くなかった。
「だが、下位互換には代わりないだろう」
ルスク銀は鍛造を繰り返すごとに、徐々に透明になっていく。その点で、エンスのものに比べて、アモンの鎧は鍛造の回数が足りていない。親方はそう言いたいようだ。
けれど、俺はまったく動じていなかった。
「ビキニアーマーとはいえ、今回は実用性も重視されるとのことでした。ですから、この鎧の真価は戦闘を通してお見せしたいと思います」
そう審査員に説明してから、参加者へと視線を移す。
「エンス、お前のところのモデルを出せよ」
「何?」
「分かりやすく、一騎討ちといこうぜ」
これが最後の審査だから、優勝は俺とエンスのどちらかでしかありえない。透明な鎧を作った者同士ということもある。俺たちにふさわしい決着方法だろう。
しかし、俺から言い出したせいか、エンスは猜疑心に目を尖らせていた。
「お前、まさか鎧の欠陥を、モデルの戦闘技術で誤魔化そうとか思ってないだろうな?」
「ただのデモンストレーションだよ。審査員だってそれくらい分かってるだろ」
「……ふん、いいだろう」
一騎打ちの勝敗で審査が決まるわけではないと思い直したのか、俺との勝負から逃げるのが癪だったからか、最終的にはそう同意してきた。モデルを連れて、舞台に上がる。
その時、エンスは俺の耳元でこう囁いた。
「残念だったな、アモン。こういう展開になる可能性も僕は考えていた。ああ見えて、彼女は本職の冒険者なんだよ」
エンスのモデルが剣を取る。品評会だから容姿を最優先したようだが、そのために低級の冒険者を選んだりはしなかったらしい。彼女の構えは堂に入っていた。
それに比べると、マリンの構えはどうしても素人くささを隠し切れていない。精神面に関しても、「こんなの聞いてないんですけど」と、対戦相手よりも俺に敵愾心を燃やしているような始末だった。
「始め!」
メイドが合図を出す。
刹那、マリンは相手に斬りかかっていた。
それも単に奇襲を狙ったわけではないようだった。初撃を防がれたあとも、二度三度と続けて剣を振るう。明らかにスピードに自信のある人間が取る戦法だが、事実鍛冶師とは思えないくらいマリンの動きは軽快だった。
対して、冒険者のはずのエンスのモデルは防戦一方だった。マリンに比べて動作が鈍重で、相手の連続攻撃を
「あら、すごい身軽さね」
裁縫職人代表は、マリンの動きに目を丸くする。
「まるで鎧をつけてないみたいだ」
戦闘を生業としている冒険者代表もそう瞠目していた。
「ま、待て」
エンスが勝負の中止を訴える。それも負けを誤魔化そうとして口走ったわけではない。こちらに言いがかりをつけるのが狙いのようだった。
「わざわざ弟子にモデルをやらせたのは、強くないと思わせるためだろう。だけど、実は品評会までの時間を使ってこっそり鍛えておいたんだ。そうに決まってる」
「そんなもん鎧を調べられたらすぐバレるじゃねえか」
品評会の主な目的は、界隈の技術向上にある。そのため、参加作品は主催者の屋敷などに陳列されて、他の職人が参考にできるような状態にされる。不正をするのはまず無理だろう。
そもそもルスク銀は少量でも非常に高価である。また、短期間で透明化させるには人手が必要になる。クリア・ビキニアーマーを作るのは、俺たちのような弱小工房には不可能なのだ。
「それじゃあ、いったい何をしたんだ?」
「触ってみれば分かりますよ、親方」
俺の説明を聞いて、デマント親方はマリンの前に進み出る。「失礼」と一言断ってから、腹に手を伸ばす。
その瞬間、親方はいっそう訝しげな表情をするのだった。
「柔らかい……?」
あたかも水枕や革水筒に触れた時のように、指が透明な鎧の中に沈み込んでいたのである。
この光景が信じられなかったらしい。エンスも同じように手を伸ばす。しかし、結果は変わらなかった。俺たちが作った鎧は、本当に柔らかかったのだ。
「バカな。最初にアモンに斬られた時、無事だったじゃないか」
「せん
錯乱するエンスに、マリンはそう説明した。
「ある種の液体は、強い衝撃を受けた時にだけ固体になるんだそうですよ」
防具に応用することを思いつかなかっただけで、知識としては知っていたのだろう。エンスははっとした顔をする。
その一方で、一般常識とまでは言えないせいか、観客たちは困惑しているようだった。そんな彼らの気持ちを代弁するように、裁縫職人代表が質問してくる。
「そんなことありえるの?」
「身近でも起こる現象ですよ。俺は海に行った時に、濡れた砂を踏んだら固くなったのを見て思いつきました。これを応用して、海水だけじゃなくて砂も透明なのを使ったら、肌が見える鎧を作れるんじゃないか、ってね」
マリンと追いかけっこをする最中、俺が突然走るのをやめたのはそれが理由だった。
またこの現象は、コーンスターチなどのデンプンを水に混ぜた場合にも観察することができる。混ぜた液(せん断増粘流体)は、通常は液体なので上を歩こうとしても足が沈んでしまう。しかし、勢いよく走った場合は、衝撃で流体が固くなるため、水上を渡ることが可能になるのだ。
解説を聞いて、冒険者代表は一騎打ちのことが腑に落ちたようだった。
「それであの身のこなしというわけか」
「ええ、普段は液状で柔らかいから、普通の鎧と違って装備者の動きを邪魔しないんです」
だから、装備感としては鎧というよりも服に近いだろう。
厳密なことを言えば、液体は下に流れ落ちるから、せん断増粘流体だけで鎧を作ることはできない。そのため、透明な糸で作った布で流体を包むことによって、鎧の形状を保てるようにしてあった。そういう意味でもやはり服に近い。
「露出度と防御力の両立に、さらに機動性も加えた。これが俺の『リキッド・ビキニアーマー』です」
審査員や観客たちから感嘆の声が漏れる。メイドも中立の立場を忘れて、今にも優勝を宣言しそうな表情をしていた。
「まだだ」
そう異議を唱えたのはエンスである。
「素材に何を使ったか知らないが、元が液体なら固くなるといっても限度があるだろう。それにこっちはアンデッド耐性もある。防御力ならこっちの方が上のはずだ」
「砕いた
「機動性と防御力のどちらを取るかは、冒険者の好みで決まる。だから、僕たちの装備の性能に優劣はないと言っていい。違うか?」
「そうかもな」
身軽さを活かすために機動性を重視したり、攻撃力のある敵対策に防御力を重視したり、冒険者の適性や討伐するモンスターの種類によって、防具に求められるものは変わってくる。チェーンメイルとフルプレートアーマーが共存しているように、どちらの要素が上ということはないのだ。
「それなら、重要なのは見た目になるはずだ」
勝機を見出して、エンスはにやりと笑った。
ビキニ部分のデザインなら、遅れを取っているとは思わない。うぬぼれでもなんでもなく、会場の反応も好感触だった。
問題はそれ以外――透明な鎧の部分だろう。エンスのクリア・ビキニアーマーは、名前の通り鎧があると分からないほど完璧に透明だった。露出が求められる装備だけに、肌がよく見えるよう丹念にルスク銀の鍛造を繰り返したようだ。
一方、俺のリキッド・ビキニアーマーは、最初に指摘があったように、鎧を視認できてしまう場合があった。本来は透明なはずのシロクマの毛が白く見えるように、せん断増粘流体を包むのに使った透明な糸も、光の当たり方によっては白っぽく見えることがあるからだ。
「そういうことなら、どっちが優れているかは明らかだな」
見た目の良し悪しで決着をつけることに、デマント親方も異存はないようだった。採点に先駆けて判定を下す。
「アモンの方が上だ」
「は?」
勝利を確信していたからだろう。エンスはぽっかりと口を開いていた。
「ありえない。こっちの方が透明度が高いんだぞ」
わずかな差とはいえ、差があるのは確かだった。そもそも最初に俺の鎧の見た目をこき下ろしたのは親方である。
ただし、それはあくまでも一騎打ちを見る前の話だった。
「素振りをしてもらえるか」
「はぁ……」
親方の指示を受けて、マリンとエンスのモデルは並んで剣を構えた。真っ向斬りで縦に剣を振り下ろす。一文字斬りで横に剣を払う……
「こ、これは……!」
二人の素振りを見ている内に、エンスもとうとう気づいたようだった。
「そうか! 乳揺れか!」
真っ向斬りをすれば上下に。一文字斬りをすれば左右に。マリンの動作に合わせて、胸も激しく揺れ動いていたのだ。
「その通りだ。液状の鎧で動きを邪魔しないっていうのは、何も腕や脚に限ったことじゃねえ。胸や尻もなんだよ」
対して、クリア・ビキニアーマーの場合、色が透明なこと以外は普通の鎧と変わらないため、固い装甲に体が抑えつけられてしまって、乳揺れはほとんど起きていなかった。
伯爵も、親方と同じ考えのようだった。
「皆が露出度ばかりに注目する中で、アモン殿はその露出が生み出すものにまで目を向けていた。アモン殿は誰よりも深くビキニアーマーのことを考えていたというわけですな」
俺は思わず「他人を変態みたいに言うんじゃねえよ」と言い返す。マリンも「もう帰っていいですかね」と冷ややかだった。
しかし、帰る前に一応、採点結果を確かめておいた方がいいだろう。
「10点! 10点! 10点! 10点! 40点満点!!」
上がった札を見て、メイドは叫ぶように宣言する。
「優勝はアモン様です!!」
観客や他の参加者、親方たち審査員から拍手が起こる。
エンスは顔を真っ赤にして、会場をあとにする。
こうして、品評会は幕を閉じたのだった。
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