6 究極のビキニアーマーVS至高のビキニアーマー
「皆さま、大変長らくお待たせしました。これより、ビキニアーマー品評会を開催いたします」
メイド服姿の女がそう宣言する。
その瞬間、「おおーっ!」と大歓声が上がった。
会場である庭園は、貴族の所有物らしく豪華で瀟洒なものだった。芝や植木が綺麗に整えられているのはもちろん、それが草原かと思うほど延々と広がっている。
だが、今日はそんな庭園を埋め尽くすほどたくさんの人間が集まっていた。主催者の伯爵やその使用人。参加者である俺たち鍛冶師。参加作品に評価をつける審査員。そして、一般市民の姿もあった。
品評会ではよくあることだが、職人の技術を宣伝したり、審査の透明性を保ったりする目的で、観客として市民たちも招かれていたのである。もっとも、趣旨が趣旨だけに、今回の客層は男に偏ってしまっているようだったが。
「まずは主催者の伯爵様より、開会の挨拶を賜りたいと思います」
司会役のメイドの言葉で、老紳士風の男が席から立ち上がる。
「ビキニアーマーといえば、エロ装備セクハラ装備というのが一般的な認識でしょう。実際、客を喜ばせるために闘技場や娼館で使われた例くらいしか記録されていないほどです。
しかし、合金の発見によって古代人が大国を築いたように、新しい時代というのは既成概念に囚われない柔軟な発想によってもたらされるものだと言っても過言ではありません。ですから、この品評会でも、我々のつまらない認識を覆すような素晴らしい職人技に出会えることを期待しています」
あくまでも鍛冶師の技術向上を促す課題として、ビキニアーマーに目をつけただけだったらしい。観客はともかく、主催者はまともな人間のようだ。
「そして、街行く女冒険者たちが、みんなビキニアーマーを身につける。そんなドスケベな時代が来ることを祈っております」
いや、全然まともじゃなかった。観客たちは「おおーっ!」と再び盛り上がるが、マリンは「頭がおかしいんですかね」と冷たい目つきになっていた。
「審査の前に、改めてルールの確認をさせていただきます。四名の審査員の方にそれぞれ10点満点で評価をつけていただき、参加者の中で最も総合得点が高かった方を優勝とします。なお、さまざまな観点から評価を行うために、審査員には各界の著名人の方々をお招きしました」
続いて、メイドは具体的な審査員たちの紹介を行った。その中には、鍛冶師代表として親方――俺の師匠の姿もあった。
「それでは、いよいよ審査に参りましょう。エントリーナンバー1番、カーネリア様お願いします」
会場に設置された舞台の袖から、若い男が姿を現す。中央まで来ると、連れていた女のマントを取る。
「防御力を出すために、可能なかぎりビキニ部分を巨大化させてみました。名づけて、『シールド・ビキニアーマー』です」
名前の通り、モデル役の女が装備していた鎧は、胸や股に盾を貼りつけたような形状をしていた。また男の話によれば、「素材には硬度の高いスクムト鋼を使用しました」とのことだった。
製作者による解説が済むと、審査員四人による採点に移る。「みなさん、点数をどうぞ」というメイドの掛け声で、札がいっせいに上がった。
「10点、4点、5点、2点……合計21点です」
一人目だから、まだどの程度が標準的な点数なのか分からない。しかし、満点の6割以下というのは高くはないのではないか。
それどころか、審査員のコメントは酷評と言っていいほどだった。
「鎧を大きくしたせいで肌が隠れて、ビキニとしての魅力を損なってしまっているわね。全然セクシーじゃないわ」
裁縫職人代表の男(服は女だが、顔は男だ)はそう首を振る。
「それに大きくしたといっても、結局ビキニアーマーだからな。防御力はたかが知れているだろう」
冒険者代表だという重装騎士の男も渋い顔つきをしていた。
「ただのビキニアーマーを作らなかったことくらいしか褒めるところがないな」
デマント親方は鍛冶師としては半ば引退しているものの、弟子たちの指導は今も続けている。そのせいか、彼の毒舌はまだ現役のようだった。
「私は好きです」
唯一満点の10点をつけた伯爵は堂々とそう答えた。
品評会に参加するくらいだから自信があったのだろう。さんざんな結果を突きつけられて一人目は肩を落とす。
しかし、後続の評価も似たり寄ったりだった。ビキニであることを重視し過ぎて防御力がなくなっているか、鎧であることを重視し過ぎて露出度がなくなっているか、あるいは露出度と防御力を両立させようとして中途半端になっているか、そのどれかばかりだったのである。おかげで、40点満点どころか、30点台を超える参加者さえ現れないくらいだった。
「やっぱり、どこも両立に苦戦してるみたいですね」
「そうだな」
俺とマリンもさんざん悩まされた問題だった。一度は試作品のリアクティブ・ビキニアーマーで妥協しようかとさえ考えたくらいである。だが、難問だったおかげで、優勝を争う敵が少なくて済んだようだ。
このまま最後まで低調で進んでいけば、俺たちの勝ちは間違いないと思うが……
「続きまして、エントリーナンバー6番、エンス様の作品です」
嘘くさい笑顔を浮かべながら、エンスはモデルのマントを取る。
すると、観客たちから、「おおおおおっ」と大きく野太い声が上がった。
裁縫職人代表も大絶賛だった。
「素晴らしいデザインね。黒をベースにしている上に、ラインがきわどくって、大人っぽい魅力があるわ。非常にセクシーよ」
これまでの参加者のビキニアーマーは、たとえ露出度重視のコンセプトでも、少しは防御力を確保しようと鎧の面積を大きくしているものばかりだった。しかし、エンスのビキニアーマーは、ただのビキニでもなかなか見ないような、危ないデザインをしていたのである。
一方、会場の盛り上がりとは対照的に、冒険者代表は険しい表情になっていた。
「だが、鎧の面積が少ない分、防御力は余計に落ちているだろう」
指摘通り、鎧の上や下から胸がはみ出ているせいで、攻撃の角度によっては心臓を貫かれてしまいそうだった。露出度は全参加者の中でトップだとしても、防御力はワーストではないだろうか。
けれど、そういう批判は当然想定済みのようだった。
「こちらをご覧ください」
エンスは剣を取り出す。それも刃の輝きからして、最高級の名剣のようだった。本来なら、全身鎧を着ていても危険な代物ではないか。
きわどい格好に盛り上がっていた観客たちも、これには思わず息を呑む。そんな緊迫した空気の中、エンスは平然とモデルの女を斬りつけた。
しかし、女が真っ二つになるようなことはなかった。
まるで寸止めでもしたかのように、体に触れる直前で、剣の動きが止まっていたからである。
異様な光景に、会場からはどよめきが起こる。俺とマリンも驚きに目を見開く。
このからくりを、デマント親方はすぐに見抜いていた。
「ビキニ以外の部分も、透明な鎧で覆ってあるわけか」
「ご明察の通りです。僕はこれを『クリア・ビキニアーマー』と名付けました」
説明を聞かされても、まだどよめきは収まらない。論より証拠とばかりに、エンスは改めて剣を振り回す。
だが、何度やっても、やはり肌の少し上で、刃がぴたりと止まってしまう。目には見えないというだけで、モデルは籠手やすね当てまで装備しているのだ。
「素材には何を使ったのかしら?」
「ルスク銀です。自然な状態では名前の通り銀色をしていますが、鍛造を繰り返すことで徐々に色が抜けて透明になっていくんです」
裁縫職人代表の疑問に、エンスはそう答えた。
ルスク銀を完全に透明にしようとすれば、何ヶ月もかかるような大作業になる。しかも、通常なら装備品を透明にする必要がない。
そのため、色が変化すること自体、一般には知られていなかったようだ。観客たちは驚いた様子を見せていた。
「ルスク銀の剣なら聞いたことがあるが……」
「
冒険者代表の疑問にはそう答える。
ルスク銀には聖なる力がこもっており、ゾンビやワイトなど闇の力を宿すモンスターの弱点を突くことができる。そのため、ルスク銀を素材に使った武器は冒険者からの人気が高かった。
ただ、ルスク銀には、需要に反して採掘量が非常に少ないという欠点もあった。剣どころか短剣でさえ、買うのに莫大な金が必要になってしまうほどである。
二人と違って、親方はルスク銀の性質をよく知っているからだろう。クリア・ビキニアーマーに対して、もっと突っ込んだ質問をぶつけるのだった。
「刀身でもきついのに、鎧にできる量をよく揃えられたな」
「
「加工にもかなり時間がかかったはずだ」
「何人もの鍛冶師で交代しながら、昼夜を問わず作業しました」
職人のくせに腕ではなく金で解決したのか。そう非難されることを予想したようで、エンスは先手を打って反論を始めていた。
「大事なのは商品の出来だけでしょう。金に物を言わせて作ろうといいものはいいし、誠心誠意を尽くして作ろうとダメなものはダメなはずです。違いますか?」
「もっともだな」
親方は苛立つそぶりも見せずに頷く。それどころか、エンスの心構えにむしろ感心しているようでさえあった。
分かりきったことだったが、採点結果はこれまでで一番のものになった。
「10点、10点、10点、9点。合計39点です!」
新記録かつ初の高得点が出て、メイドの発表には熱が入っていた。それに呼応するように、会場からも大きな歓声が上がる。
審査員たちのコメントも、もちろん賛辞ばかりが並んだ。
「見た目がビキニで、実用性もあるものがとうとう出たって感じね」
品評会の趣旨通りの作品の登場に、裁縫職人代表の声は弾んでいた。
「加えて、透明な鎧というアイディアで満足しないで、可能なかぎり防御力を上げようと、素材選びにまで気を配った点が素晴らしい」
冒険者代表も満足げな表情をする。
「10点以外ありえませんな」
そう伯爵は断言した。あんたはずっと10点しかつけてなかっただろ。
それに、ありえないはずの点数をつけた人間が一人だけいた。
「デマント様はいかがですか?」
「特に言うことはねえよ。普通はこんなの思いつかねえし、仮に思いついても作れねえ。完璧だ」
親方の説明を聞いて、メイドの困惑はむしろ深まった様子だった。
「それなら、どうして9点をつけられたのでしょうか?」
「まだ最後の審査が残ってるからな。俺には想像がつかねえだけで、これより上があるかもしれねえ」
俺の知る親方は、不器用かと思うほど、どんな仕事も大真面目に取り組んでいた。だから、途中で満点が出るのを防いで、最後まで品評会が盛り上がるようにしようとか、残りの参加者に一瞬でも夢を見させてやろうとか、そんな不純なことは微塵も考えていないだろう。
親方は本当に、クリア・ビキニアーマー以上のものがありうると思っているのだ。
「では、その最後の審査に参りましょう。エントリーナンバー7番、アモン様お願いします」
マリンと共に、俺は舞台の中央へと進み出る。
しかし、土壇場になって、マリンは逃げ腰になっていた。
「あの、これ本当にやらなきゃダメですか?」
「金がもったいないって言ったのはお前だろ」
「それはそうですけど」
「いいから、いくぞ」
俺は力ずくでマントを剥ぎ取る。マリンは「ああっ」と悲鳴を上げる。
経費を節約したいからと、マリンはモデル役を引き受けていたのだ。
マントを取られことで覚悟が決まったのか、それとも捨て鉢になってしまったのか。マリンは防具が――というか肌が見えるように、手で体を隠すようなことはしなかった。その姿に、「おおおおおっ」と会場中から叫び声が起こる。
それもそのはずで、俺たちの作ったビキニアーマーは、鎧の面積の小さなきわどいものだったのである。
「シンプルなデザインだけど悪くないわね。赤は興奮を掻き立てる色だし、膨張色でバストやヒップを際立たせる効果もあるから、ビキニアーマーによく合っていてセクシーだと思うわ」
裁縫職人代表の言葉に、ひとまず胸をなでおろす。
デザインは本来、俺の苦手分野だった。だから、今回はマリンのアドバイスを聞いたり、海で見たビキニを参考にしたりして作ったのだが、それが功を奏したようだ。
「しかし、ただのビキニアーマーなら、防具としては使えないが……」
つい先程、外見と実質が一致しない鎧を見たばかりだからだろう。冒険者代表は控えめなトーンで批判してくる。
実際、彼の予想は正しかった。
「俺たちもビキニ以外の部分を透明な鎧で覆ったんです」
用意できた中で一番の名剣を使って、俺はマリンに斬りかかる。しかし、クリア・ビキニアーマーと同様に、肌に触れる直前で刃が静止した。マリンも目に見えない籠手やすね当てを装備していたのだ。
だが、その直後、外野から物言いが入った。
「それくらい見れば分かるよ」
勝ち誇ったように、エンスは薄ら笑いを浮かべる。
「僕のビキニアーマーに比べて透明度が低いからな」
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