第83話 例の決まりごと



 ようやく長い式が終わり、バルコニーで民衆に手を振り、結婚したことを報告してから、一度、部屋に戻った。

 この間だけ、少し休むことができる。


 ジュリアンが緊張から解放され、一息ついた時、エディが入って来て、がっしりとジュリアンを抱きしめた。まるでエドワード本人が結婚式を挙げたかのように感動しているのが分かった。


「おめでとうジュリアン!」

「ありがとう」

「アナスタシアは本当に美しい。僕は誇りに思うよ。運が向いて来たんだ。これからが正念場だ。いいか、今夜、成し遂げるんだぞ。失敗は許されない」


 真剣な口調でエディが痛いほど肩をつかんだ。

 ジュリアンは顔をしかめながら、そっとその手を解いた。


「何の話だ?」

「カッサスへ着いたら、アナスタシアは必ず逃げ出すだろう」

「は?」

「あの城の惨状を知ったら、どんな勇敢な兵士でも逃げ出すだろう」

「何を言っているんだ、エディ」


 ジュリアンはいとこの顔をじっと見た。

 そんなにひどいのか? 俺の城は。


「お前はどんな手を使ってでも、今夜、彼女と既成事実を結ばなくてはならない」


 エディのむごい言葉に、ジュリアンは気分が悪くなった。


「……俺はそんな男じゃない」

「分かっている。だから、わざわざ、こうして言っているんだ」

「やめろ」

「いや、やめない。お前は純潔を奪ったことがあるのか」


 エディが追い打ちをかけるように容赦なく言った。

 ジュリアンは思わず怒鳴った。


「あるわけないだろうっ」

「そうだろうと思った」


 ジュリアンがこれまで相手にして来たのは、ほとんどが未亡人か人妻だ。ヘンリーに囚われている間、何度も舞踏会に追従させられた。

 ヘンリーから、あの女を寝取れと命令されればその通りにやった。

 もういやだ。

 思い出すだけで胸が悪くなる。



「こんな話はやめてくれ」

「ダメだ。ジュリアン、現実から目をそらしてはいけない。僕たちはアナスタシアに真実を告げていないんだ」

「俺は告げようとしたが、お前に何度か阻まれた」

「当然だろう。どこの誰がほとんど無一文の城主の元へ嫁いでくる」

「無一文じゃないぞ」


 ジュリアンはムッとしたが、その声は覇気がなかった。

 もう、ここまで来てしまった。後戻りできない。


 そうだ。エディの言うとおりなのだ。

 自分はどんなことがあっても、アナスタシアを自分の国へ連れて行かねばならないのだ。


「……分かった。やるよ」


 肩を落として言うと、エディがほっと安堵の表情を見せた。


「すまない、ジュリアン。僕だってこんなひどい事を言うのは辛いんだ」

「ああ……分かってる」

「まかせたぞ」


 エディはそう言って部屋を出て行った。


 ジュリアンはため息をついた。

 アナスタシアの無垢な顔を思い出す。

 あの細い体を今夜、自分だけのものにする。


 彼女が望もうが望まなくても、道は一つしかないのだ。




※※※※




 結婚式の後、夕食会の間、フォード卿はどこか上の空だった。

 アナスタシアは一番お気に入りのイブニングドレスで、フォード卿に挨拶をした。

彼はアナスタシアを見てとてもきれいだ、と褒めてくれたが、それきりしゃべっていない。


 居間では自分たちを祝福してくれる人でごった返していたが、夜が更けるにつれて、エディが花嫁と花婿を解放してあげなければと言いだした。


 その時、初めてアナスタシアは気づいた。

 これから、例の決まりごとが始まるのだ。

 乳母からは簡単に説明を受け、ずっと以前に嫁いだ姉からはさらに詳しい話を聞いていた。


 結婚初夜というやつだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年1月10日 12:00
2025年1月11日 12:00

救世主と呼ばれるより、ただのミアのほうがしっくりくるのです。 春野 セイ @harunosei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画