第82話 結婚指輪



 馬を飛ばしケイン国へ入ったエディとジュリアンは、その足ですぐミアと会うことができた。


 驚いたのはアナスタシア王女がその場にいて、本来なら一番に彼女にあいさつすべきだったのに、ジュリアンの頭はミカエラのことでいっぱいだった。

 あとでエドワードから、アナスタシア王女に対してあれはひどい扱いだ、自分だったら婚約を破棄したと思う、とまで言われた。



 アナスタシア王女を前にすると、本来の自分らしさがなくなってしまう。

 冷たくしたいわけじゃない。けれど、自分に対して遠慮する彼女をどう扱っていいのか分からなくなる。その上、相手は王女という地位の高い存在であり、貧乏貴族の自分は本来なら声をかけることもできないのだ。



 ジュリアンは、カッサスから持ってきた結婚指輪の入ったケースをポケットから取り出した。

 小粒のダイアモンドに囲まれた大粒のブルーサファイアの指輪は彼の祖母から代々伝わっているものだ。

 母が持っていたはずなのに、不思議なことに出かける時に机の上に置かれてあった。きっと行方不明の母の仕業だろう。

 これだけは彼女に渡そう、ジュリアンは決心していた。



 その後、無事にアーサー国王と謁見を終え、持参金の話もあった。とんとんと話は進み、アナスタシアとの結婚式がもうすぐ始まる。

 ジュリアンの中で不安と期待が混ざりあい緊張していた。何だか、彼女を騙している気がしてならなかった。


 エリンギウムカースルへ戻れば現実が待っている。

 持参金のおかげで飢え死にする心配はまぬがれたが、彼女にとって新天地は天国ではないことは確かだった。

 これから召使いを探し荒れた土地を耕し、彼女にはやることが山積みとなって押し寄せるだろう。


 ジュリアンはタキシードの襟元を少しだけ緩めた。寸法はぴったりのはずなのに、これも自分の服ではない。

 何もかもがいかさまのようで心苦しい。しかし、指輪だけは違う。国から持ってきた本物のサファイアだ。



 ジュリアンが物思いにふけっていると、エディが控室へ入って来た。


「時間だぞ」

「やけに嬉しそうだな、エディ」


 ジュリアンが息をつくと、ポンと背中を叩かれ、強く抱きしめられた。


「今日はなんて素晴らしい一日だろう。おめでとうジュリアン。お前は国一番の幸せ者だ」

「ありがとう、エディ。お前がいてくれなかったら、俺はここにはいないだろう」


 エディが惜しみなく金を使ってくれたおかげだ。服に資金と彼の援助があったからやってこられた。


「これからは倍にして返してもらう。楽しみにしているよ」

「ああ、もちろんだ」


 ジュリアンも強くその背中を抱き返した。



 城の中にある礼拝堂には参列者がすでにそろって待っていた。

 ジュリアンが祭壇の近くに立って待っていると、拍手が沸き起こった。国王にエスコートされて、白いベールをまとって花嫁が歩いて来る。アナスタシアだ。

 ほっそりした体をシルクのドレスに身を包み、ベールで顔がよく見えないが、ブロンドの髪は下ろしている。


 彼女が近づいて来る。自分の目の前で止まり、国王の手から彼女の手を取った。 二人で祭壇に向き直ると、司祭が話し始めた。しかし、ジュリアンはぼんやりとしてろくに聞いていなかった。

 隣にいるのはあのアナスタシア王女だ。


「誓いの言葉を」


 司祭の声にハッとして我に返る。


「愛することを誓います」


 アナスタシアも誓いの言葉を述べるのが聞こえた。向かい合って彼女のヴェールをめくった時、美しいアナスタシアがいた。


 ジュリアンは、一瞬息をするのを忘れていた。司祭の咳にハッとする。頭と体が別のものになったかのように手順を踏んで動いていたが、頭の中はアナスタシアの事で一杯だった。

 結婚指輪を彼女の薬指にはめた時、ジュリアンは動揺した。


 どうしてだろう、今すぐアナスタシアを抱きしめたかった。しかし、ぐっとこらえて初めてキスを交わした。アナスタシアは震えていた。彼女も緊張しているのだと思った。



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