第81話 舞い込んできた幸運




 それから二年後。

 20歳となったジュリアンは故郷の元ダイアンでつつがなく平凡に暮らしていた。


 つつがなく平凡? いや、嘘だった。もう、限界が来ていた。

 食べ物もなく、ダイアン国の領土は半分以下になり、今は、ダイアン国内にあったカッサス領の土地と森だけが残り、平民も騎士どころか、農民、誰ひとりこの領土にはいない。


 父を亡くし、母が行方不明となったあの事件以来、城はめちゃめちゃのままだ。

 言ってはならない国『キャクタス国』に襲われ、自分は囚われの身のまま9年が過ぎた。

 この城に今残っているのは、ジュリアンといとこのエドワード、そして、数人の従者たちだけだ。


 このままではいけない、とジュリアンは空腹の中、考えていた。その時、どたどたと足音がして、ドアがばーんと開いた。


「信じられない! ようやく俺たちに幸運が舞い込んできたぞ!」


 そう叫んだのは、いとこのエドワードだった。

 書斎で難しい顔をして書類整理をしていたジュリアンは、ノックもなしに飛び込んで来たエドワードを軽く睨んだ。


「静かにしてもらえないだろうか、エディ」


 ヘンリーから解放されて公爵と呼ばれるようになり、さらに頭を悩ませる日々が続いていた。

 机の上の書類を見て、ジュリアンが再びため息をついた時、エドワードが隣に立って肩を叩いた。


「聞くんだ、ジュリアン! ミアが見つかったんだ」

「何だって?」


 このときはさすがのジュリアンも椅子を倒さんばかりに驚いて立ち上がった。


「本当か、なぜ、それをもっと早く言わないっ」

「だから、今言っているじゃないか」

「どこにいたんだっ」

「アナスタシア様が見つけてくださったらしいぞ」

「王女が?」


 ジュリアンは、自分の婚約者の顔を思い出して眉をひそめた。

 キャクタス国から命ぜられ、2年も前から自分とアナスタシアは政略結婚を強いられている。王女がまだ未成年ということであり2年待ち、今、彼女は18歳のはずだ。


 あの、おどおどした王女の顔を思い出すと、なぜか胸が痛んだ。

 自分のような口数も少なく、いや、それ以上に、明日、食べるものにも困っている名ばかりの公爵家に嫁いでくるなんて、王女に耐えられるのだろうかと心配になる。


 キャクタス国が、リンジー家を公爵にしたのも、ケイン国の第3王女と政略的に結婚させるためだ。

 かわいそうなのはアナスタシアだ。彼女は被害者に過ぎない。しかし、アナスタシアは文句ひとつ言わないおどおどした姫で、初めてお会いした時、彼女は自分と結婚して幸せになるだろうか、と心配したものだ。


 その王女が、なぜかミア探しに精を出していると聞く。そして、結婚もミカエラが見つかるまでは待つと言ったのだ。

 

「一石二鳥じゃないか。アナスタシア様と結婚もできて、ミアまで見つかるなんて」

「……ああ」


 これ以上、嬉しいことはない。


「すぐに出立しよう」


 そう言ってジュリアンは、机に置いてあったデカンタを取り上げ、グラスにウイスキーをついで一気に呷った。

 焼けつくようにブランデーが喉を通り越し思わずむせ込む。それを見たエディが大笑いした。


「祝いの酒か、僕も頂こう」


 そう言って、自分もグラスにウイスキーをなみなみと注いで飲みほした。


「これは格別にうまい酒だ」


 ジュリアンは、うそぶくエディを睨んだ。


 嫌味な奴だ。

 カッサス領土に極上の酒があるはずがない。それくらいジュリアンは貧乏で日々の生活に喘いでいた。


「これでやっとこの貧困から抜け出すことができる。アナスタシア様の持参金があれば、この城は元の活気を戻せるはずだ」


 持参金。

 その言葉に目がくらむ。喉から手が出るほど、欲しい金。

 

「と言うわけだから、さあ、すぐにでもケインへ向かい、花嫁を迎えに行こう」

「しかし、俺にはアナスタシアを着飾ってやるだけの金を持っていない」

「金の事は心配するな。いつものように僕が何とかするから」


 いとこのエディは、ジュリアンと違って商売がうまくいき金持ちだった。

 アナスタシアの父王である、ケイン国王に呼び出されるとサロンやら舞踏会、パーティーがあるが、いつもエディの世話になっていた。しかし、これがよくなかったのかもしれない。

 エディから借りている衣装はどれも値の張る物ばかりで、ケイン国王はジュリアンの貧困ぶりを知らないのだ。

 こんな状態の城にアナスタシアが本当に嫁いで来るのだろうか。

 それはまるで、別の次元の話のように思えた。

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