第33話

 九郎の軍は寝る間も惜しんで鬼を追った。しかし、鬼は全く休まないようで、容易に追いつかなかった。


 そうして鬼に襲われた村と砦を五つほど通り過ぎた。砦の修羅たちは闘っていたが、そこに残っているのは人間の遺体だけで、鬼のものはなかった。


 呂布は鬼から逃げきった村民など無視して進むから、残された彼らは九郎に助けを求めてくる。蘭丸は、後にやって来る弁慶と家康の部隊に合流するように説明し、再び呂布の後を追った。


 途中、六地蔵があった。その時は九郎の意識も目を覚まし、周囲の地形に目を凝らしてから地図に印をつけた。地図といっても印刷物があるわけではない。白紙に進んできた道を描き、目印になりそうな山や川、集落や大木などを簡単に記録しておいた。


 地図を見れば、しばらく南へ進んでいた鬼たちが、弧を描くように南東へ、東へ、それから北東へ向きを変えているのが分かった。その間、更に七つの村とひとつの修羅の砦を通った。


 これはもしや?……滅んだ村を地図に書き写しながら嫌な予感を覚えた。


 村々に残された遺体を見れば、鬼の群れとの距離は確実に狭まっていた。明日にも追いつくと思われたのは、九郎と呂布が急追を始めてから7日後のことで、予想通りのことが起きていた。


 軍は自分たちの砦のある丘の南側に出ていた。10日ほどかけて赤い大地を一周してきたようなものだ。


 砦の南面も、緑の丘を取り囲むように柵がめぐらされていて、東側の正門より少し小さな裏門があった。


 柵の向こうには黒煙が上がっていて、ちらほらと鬼らしきものが動いているのが見える。どうやら裏門は破壊されたようだ。呂布の隊はそこに向かっていた。


(九郎殿、起きろ)


(ん、……何があった?)


(我々の丘の砦が、鬼に襲われたようだ)


(成利の予感が当たったな)


(ああ、悪い予感だ)


 呂布の隊は、すでに砦に達している。そこから銅鑼と鐘の音がした。


「皆の者、急げ!」


 九郎は進軍を急かした。




 砦に少しばかり近づくと、鬼の姿がはっきりと見えた。赤、青、緑、黒、……様々な色の巨躯の鬼が足元の岩を、あるいは立ち木を引き抜いて呂布の軍に向かって投げている。


 壊れた門に立ちふさがっているのは赤鬼一体。それが大木を振り回し、兵の侵入を阻止している。


 ――ドン、ドン、ドン――


 ――グワーン、グワーン――


 ――カン、カン、カン――


 呂布の陣は兵を鼓舞する鳴り物で騒がしい。兵の喚きや悲鳴も絶えることがない。彼ら、兵は弓矢を射かけ、周囲の柵を上って攻め込もうとしているが、柵を上った者は、柵の高さほど背丈のある鬼に、次々と打ち殺されていた。


 明らかに呂布の軍は苦戦している。……遠目にも分かった。


(鬼のほうが砦の柵を防備に利用しているな)


(砦の外で戦わなければだめだ。九郎殿が与えた、二十一名一組で戦う作戦が使えていない)


「撤退だ。退き鐘を打て! 鬼を砦の外におびき出すのだ。攻撃中止の太鼓を!」


 自分の隊の兵が理解できるように九郎が叫んだ。


 ――ドーン、ドーン――


 ――カンカン、カンカン――


 太鼓が、鐘が打たれる。


 しかし、激戦の渦の中にある呂布は兵を退かなかった。鐘の音が聞こえないのか、あるいは無視しているのか。……彼の本陣では逆に、突撃の太鼓と銅鑼が打ち鳴らされている。


 門に突入しようとし、赤鬼に打ち殺された死体が柵の周囲に山を作っていく。


「あいつめ……」


 九郎は、兵を退いて柵の外側で戦え、と呂布に伝令を走らせる。それから返事を待たず、自分は大きく迂回して砦の西側を目指した。九郎の軍が移動するのに気づいた鬼のいくらかでも移動すれば、呂布が戦いやすくなるだろう。


 ほどなく、呂布も兵を退いた。


 案の定、鬼が追撃に出た。


「ヨシ、思ったとおりだ」


 九郎が喜んだのは一瞬だった。鬼の前後左右を奴婢とされた男たちが十重二十重と囲んでいて、槍や鉾を手にした兵がおいそれと近づけないのだ。


「退け、さもないと、お前たちも殺すぞ!」


 将は脅かし、実際、邪魔になる村人を殺した。


 しかし村人は怯まず、鬼の盾となって、あるいは兵につかみ掛かって黙々と死んでいく。


(狂っていやがる)


(操られているのだ)


 呂布の兵が鬼に近づくために村人を排除しているすきに、鬼は兵を打ち殺し、あるいは手羽先のように引き裂いた。


 兵の悲鳴が轟き、血しぶきが世界を赤く染める。


「弓隊は鬼の目だけを狙え。一匹の鬼に4班で当たれ!」


 九郎は自隊の兵に指示を出すと、自分は一人、馬を全速力で駆けさせた。


(どこに行くのだ?)


(頭を取る)


(輿に人がいるという話、信じるのか?)


(当然だ)


 戦場が見えない場所まで馬を走らせると、そこで一気に柵に近づいた。そうして天狗のように柵を乗り越え、砦の奥に向かって風のように走った。


(この砦、広いぞ。見つかるか?)


(見つかる。ワシを信じろ。鬼を仕切っているのなら、戦場が見える場所にいる)


(それはそうだが、鬼を仕切る者が人間だと思うのか?)


(いや、それも鬼だろう。あるいは閻魔大王……)


(それを切るのか?)


(切る!)


 九郎は丘を駆け上り、立ち木の下をくぐり、あるいは枝を飛び越えた。


 正に天狗だ!……蘭丸は驚嘆するばかり……。


(いたぞ!)


 戦場を見下ろせる場所に、黒いマントを羽織った男の横顔があった。


(殿!)


 思わず叫んでいた。


(トノ?)


(我が主君、織田信長様だ)


 本能寺の炎の中で戦ったあの時が一瞬で蘇り、郷愁のとりこになる。


(どうして、その殿が鬼を操っている?)


(それは……)分からない、と言おうとした時、稲光のように記憶がよみがえった。(……殿は自ら魔王と称していた)


「魔王か……」


 つぶやいた声が、その魔王に届いたものらしい。信長が首をめぐらした。


「源九郎義経であるか?」


 彼の視線は魔弓のようだった。


 九郎の背筋に電気が流れた。スイッチが入ったようだ。


「いかにも」


 彼が刀を抜いた。


(殿を……)殺さないでほしい。……言いかけて声がつまった。蘭丸のなかで信長の声がした。


 ――攻めろ、蘭丸!――


           【六道、英雄転移伝 ――修羅と餓鬼と……―― 完】

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六道、英雄転移伝 ――修羅と餓鬼と……―― 金乃たまご @tamago-asuno

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