第52話 契約の履行 そして……

 岐阜県某所にある広大な空き地。

 生い茂る森林の中、ポツンと不自然に開かれたその空間にムラマサはいた。

 森林にはその空き地へ繋がる1本の、幅2メートル程度の未舗装道路が整備されていた。


「無理を言ってすまなかった」

「ムラマサァ、もうこんなことはこれっきりにしてくれよお。今回はなんとか用意できたが、俺のコネもそう何度も使えるもんじゃあないからねえ」


 ムラマサの隣にはダンジョン局局長木島正平の姿があった。

 木島と話している最中、何台もの護送車が隊列を成してその広大な敷地へと進入してくる。


「ムラマサあ。郡司にもきちんと礼言っとけよお。今回の無茶ぶりで一番動いたのはあいつなんだからよお」

「わかってるよ。郡司さんも今日来るのか?」

「いや、来ねえよお。法務省のお偉いさんがこんなとこ来てたらやべえだろうが。まあその内あいつも呼ぶからよお、3人で飲みにでも行こうや。礼言うのはそん時でいいからよお」

「ああ、ホントに助かったぜ」


 ダンジョン局から法務省矯正局へ出向し、たちまちトップへと上り詰めた男――


郡司直角ぐんじなおかど


 ダンジョン局木島と同じく、ムラマサの良き理解者であり協力者である彼は今回、超法規的措置を秘密裏に画策した。

 当然世間にバレれば大問題になる今回の件を、いとも簡単に実行に移す。

 それほどの胆力とクレイジーさを持ち合わせ、尚且つ今回のムラマサの契約の件が履行されなければどうなるかを重々把握している男、それが郡司という男だった。


「そろそろ時間だなあ。彼らをここに降ろしたら護送車は全部帰らせるからなあ。それが済んだら初めてもいいぞお」


 ――ああ


 ムラマサは木島の言葉に言葉少なに応え、護送車から出てきた人物たちに目をやった。

 手足に手錠を施され刑務官に腰縄をしっかりと握られた10人の人物。


 それは――


 ――10人の死刑囚。


 空き地の中心には10本の鉄の杭が打ち付けられていた。

 ムラマサのクリエイト能力で顕現させたものなのだが、刑務官達はその杭にそれぞれの囚人の腰縄を固く結んでいく。


「え~っと、君たちもう帰っていいからあ。郡司の部下の君たちなら心配いらんと思うけどお、今日のことは忘れるようになあ」


 木島の言葉に刑務官の制服に身を包んだ男が口を開いた。


「もちろんです。敬愛する郡司矯正局長の頼みとあらば私達はそれに従うまでです。死んでも口外しませんよ。それにこいつらは死刑が確定している死刑囚たちですしね。どういった罪状かお伝えしましょうか?」

「いやあ、いいよお。そんじゃお疲れさまねえ」

「はっ! では失礼します」


 敬礼し立ち去っていく刑務官達。

 10台の護送車は来た時と同じように隊列を成して空き地を後にした。

 残されたのは10人の死刑囚と木島正平、そしてムラマサのみとなった。


「木島さん、じゃあそろそろアレを呼び出すわ。あんたは少し離れていてくれ」

「ああ、わかったよお。さっさと終わらして飲みにでも行くかあ」


 こんな異様な場面に遭遇しながら、普段となんら変わらない木島の様子に、底知れなさを感じつつ同じように感じる頼もしさに、ムラマサの心はほんの少しだけ軽くなる。


 そんな中ふと死刑囚の面々を見渡すと、中に知った顔があるのに気付いた。


我骸わがかばねか。久しぶりだな。まさかこんなところで会うとはな」

「お、お前は!? おい! 一体なんなんだ!? ここで俺たちに何をするつもりだ!?」

「ああ、それはな……」


 我骸わがかばねゴウ。彼はダンジョン探索者だった。

 彼は1級探索者であるにもかかわらず、他の探索者がダンジョンで手に入れた貴重なアイテムを奪い、対象を殺害するという凶行を幾度となく繰り返し、剰えダンジョン探索者の住居や探索拠点にまで押し入り、それらを全て自分のものとして使用していた。

 当時ダンジョン局に在籍していた郡司からの要請でダンジョンへ潜ったムラマサは、この最重要指名手配犯を捕縛したのだ。


「クソ野郎のお前に相応しい最期だな。我骸。お前が殺した人数も確か10人だったよな? 今からお前は、俺が呼び出す化け物の慰み者になる。せいぜい恐怖で絶望しながら死ね」


 にえにはより強い恐怖を与えろ。そうすればよりよい味になる。

 神喰雷はムラマサにそう言った。


 これから死地へ赴く者へさらに追い打ちをかけるような行為は、ムラマサにとって本意ではなかったが、これはヤツとの契約。そう割り切ったムラマサは、精一杯の毒を、死刑囚達へ投げつけた。


「ふ、ふ、ふざけんなよ!? 今日は別の刑務所へ移送するっつーことしか聞いてねえんだよ! なんで俺様が今から死ななくちゃいけねえんだよ!? 死刑囚にだって人権はあんだろうがあ!」

「お前に殺された人達だって人権ってのはあったんだけどな? お前らはそれを軽々しく踏み躙ったんだろ? じゃあこんなことがあってもおかしくないよな?」


 いくら償いきれない罪を犯した相手だろうが、これから行うのはムラマサのエゴだ。その事象にこの10人を巻き込むことに罪悪感を覚えないムラマサではなかった。

 だが死刑囚のひとり我骸ゴウが次に口にした言葉にムラマサは思わず耳を疑った。


「俺には弟がいる。弟もダンジョン探索者だ。お前のことは絶対弟が殺してくれる。ぜってえ俺たちはお前を許さねえ。お前が俺にしたことを、必ず弟がお前にしてくれる」

「ふんっ、そんな虚勢を張っても無駄だ。第一お前の弟は俺のことを知ってるのか? お前は俺に捕らえられて直ぐに刑務所に入ったんだ。どうやってお前の弟が俺のことを知るんだ?」


 我骸ゴウはムラマサの名前すら知らずにダンジョン内で捕まった。奴が単独で悪事を重ねていたのは後日の調査で明らかになっており、弟の姿など何処にも見当たらなかった。

 そんな状況でこの男が俺のことを弟に話すなんてことは不可能だ。ムラマサはそう思っていた。だが我骸ゴウから出た言葉は信じられないものだったのだ。


「俺はな、こうみえてなあ! 腐っても1級探索者だ! 俺にはな、あるんだよ、特別なスキルが!」

「あ? なにハッタリぶっこいてるんだ?」

「へへっ、嘘じゃねえ。俺の眼にはな、ダンジョンで獲得したあるものが入ってんだよ。それはな――」


 ――視覚共有


「俺はな、弟と視覚を共有してるんだよ! 前に捕まった時はお前フェイスマスクしてたよな? だから弟もお前に手を出せなかった。だがなあ、今お前は素顔を晒してるよなあ!? 弟は絶対お前を探し出して俺の無念を晴らしてくれる! お前はこれから一生枕を高くして寝れるなんて思うなよ!」


 早口で捲したて息を切らした男に、ムラマサは抑揚のない言葉で返す。


「だからなんだ? お前はそんなことを考えず、これから起こる悲劇のことだけを考えておけよ。じゃあな、そろそろ時間だ……」


 ムラマサはそう言うと手を組んで何かを唱えだす。それがしばらく続いたと思うと、あのダンジョンで見せた異世界への扉がここで再び顕現した。


「おい、これが今回の報酬だ。一応絶望はさせといたからあとは好きにやれ。俺たちは車で待ってる」


 ――いいなああ、なんといい光景だああ。罪を背負ってその贖罪を今か今かと待つ絶望の顔がとおも並んでおるううう。


 何時の間にかそこにいた異世界の化け物は、酷く耳障りな声色で、10人のご馳走をジロリジロリと舌なめずりをする。

 すでに口の姿になったその異形は、思い思いのリアクションをとる10人の死刑囚をニヤニヤと嬉しそうに品定めする。

 小便を漏らす者、大声で泣き叫ぶ者、なにか念仏のような言葉を唱える者、杭に難く結ばれた腰縄を必死で解こうとする者。十人十色の反応を見せる死刑囚達へ、神喰雷は優しく、子供に諭すような口調で言った。


 ――大丈夫。痛いのは最初だけええ……


 広大な空き地で絶叫が鳴り響く中ムラマサと木島は車に乗り込む。

 木島は煙草に火をつけそれをムラマサへ渡す。


「木島さん、おりゃあタバコはもう止めたぜ?」

「いいから吸っとけ。こいつに依存性はねえからよお。こいつで多少の穢れは落ちるからよお」


 言われるがまま火のついたタバコを手に取り口に咥える。

 久々に吸うタバコの、クラクラとした酩酊感にブルリと身震いしながらも、肺に吸い込んだ煙をふうっと吐き出したムラマサはそのまま押し黙る。

 それを見てか木島はムラマサへ声を掛けた。


「あいつ、我骸わがかばねゴウに弟がいるって情報は入ってきてねえよお。でももしかしたら腹違いの兄弟か、盃を交わした兄弟分かなんかがいるかもしれないからねえ。こっちでも探しておくからあ。お前は今日は帰って休めえ」

「ふんっ、そんなことで俺がビビるとでも思ってるのか? 来るならこればいい。いつでも返り討ちにしてやるよ」


 だよねえ、木島はそう言って車のエンジンを掛けた。

 ふと空き地の中心を見ると、先程までいた10人の死刑囚の姿はなく、そこにあるのは10本の鉄杭だけだった。


 走り出した車でムラマサは考えた。


 山積みの問題にどう対処していけばいいのか。

 自分ひとりの力では到底どうすることもできないのは明白。

 だが俺にはかけがえのない家族がいる。血は繋がっていなくとも、あいつらの為なら俺はなんだってやってやる。


 タバコを吸い終えたムラマサは決意を新たにした。

 弐拾弐ダンジョンへの挑戦を直接自分ですることは叶わなくなったが、方法はいくらでもある。力を貸してくれる仲間もいる。


「なんだって困難な方がやりがいがあるってもんだよなあ? 木島さんよお」

「ああ? なんだよお、いきなりぃ。だが、まあそうだなあ。まっ、お前ならやれるよお。おりゃお前のことはよおく知ってるからなあ!」


 木島の返答に鼻で笑い、木島の胸ポケットに仕舞ってあったタバコを拝借し口へ咥えると、パチンと指を鳴らす。

 鳴らした指と指の隙間から青い炎がぼわっと沸きだす。その火でタバコに火をつけると、ムラマサは言った。


「しゃーねえ。やるだけやるかあ」


 それを聞いた木島は運転席からムラマサの背中を叩き、おもむろにサムズアップ。

 そして拳を握ると、それにムラマサも応える。

 拳と拳を突き合わせると、大の大人ふたりは声を出して笑った。


 車は走る。名古屋へ向けて。

 ムラマサは彼を待つ双子の顔を思い浮かべる。

 そしてふたりに早く会いたいと思うのだった。


 

 第一部 完




 ◇◇◇◇




 ※当拙作を最後までご覧いただき誠にありがとうございます。

 今回で第一部終了となります。

 おもしろかった! と思っていただけましたら評価等していただけると次回の執筆意欲につながりますので、ご検討お願いします。

 これで一旦お話は終わりですが、続きが読みたい、続きが気になる等、お声を多数いただければ第二部以降も執筆しようかと考えております。

 




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我らダンジョンクリエイターズ~閉鎖危機のダンジョン課を救う為異世界から女魔王と女勇者を呼び出しました〜 ハルパ @shin130

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