第51話 後始末
東京のとあるビルの一室。
そこには背広姿の男性と、ヨレヨレのジャケットにTシャツ、ジーパン姿で、無精ひげを蓄えた男性がふたり。
椅子に座った背広姿の男性は、目の前に立ちつくしていた男を一瞥した。
冷酷な視線。その眼は立ちつくす男へ冷ややかな視線を送りながら口を開いた。
「村田君、君はまた大変なことをしてくれたようだね」
「い、いや、ちょっと待ってくれ。今回の件は不可抗力というか……」
背広の男は深い溜息をつき、彼の反論に歯牙にもかけないで言った。
「君はこの国の貴重な資源を、貴重な財産をひとつ消し去ったのだよ。いくら言い訳をしようとその事実は覆らない。君の足りない頭でもそれくらいは理解できていると信じたいのだがね」
「くっ……ああ、分かってるよ。それで俺にはどんな罰が待っているんだ? クビか?」
ふっ、背広の男は鼻で笑い、無精ひげの男の眼を見て言った。
――罰か、そうだな、じゃあこうしようか……
◇
ダンジョン消失から丸2日。東京のとあるビルから出たムラマサは肩を落としていた。
そこへ呼び出した人物……
ムラマサをして全容を計りかねる男――
――八雲八尋
彼はムラマサに今回のダンジョン喪失の責任をとるように言ってきた。
ダンジョン消失は不可抗力だと何度も説明したが、彼は聞く耳を持たなかった。
そうして彼がムラマサに言った罰……
「くそっ、あいつの考えてることがまるで分からん……一体どんな意図があってあんなことを言ったんだ? ああ! モヤモヤするぜ!」
年齢は40代だろうか、青みがかった黒髪は清潔感に溢れており、着用しているスーツも何処か気品が漂っていた。他のダンジョン局職員からの評判もよく、正に理想の上司だと絶賛する声もよく聞こえてくる。
だが奴の瞳からはただならぬ何かを感じる。それは禍々しいとさえ言える何か。
ムラマサと話をしている時も彼の眼はムラマサを見ていない。目が合っているのに、まるでお前のことなど眼中にないと言わんばかりのその眼勢。
異世界で様々な経験を積んできたムラマサでさえ計りかねるその人物が、ムラマサへ言った罰。
それは――
――弐拾弐ダンジョンへの接触禁止
弐拾壱ダンジョンのみならず弐拾弐ダンジョンまでもが、ムラマサの手を離れてしまった。
ダンジョン局副局長八雲八尋が何かを企んでいることは間違いない。だが一体どうしようというのか、皆目見当もつかない。
ビルを出たムラマサは路傍に転がっていた空き缶を力いっぱい踏み潰した。
その瞬間辺りに何かが破裂したような爆裂音が鳴り響く。
時刻は午後18時頃、仕事を終えたサラリーマン達が一斉にムラマサの方を振り向いたが、彼はそんなことを気にするそぶりも見せずに足をあげた。
そこにはアスファルトにめり込んだかつてアルミ缶だったものがあった。
「ああ、くそっ! イライラするぜ」
ムラマサはポツリと呟き、スマホを取り出した。
通話アプリを起動し、何処かへ電話を掛ける。
彼が東京へ赴いたもうひとつの理由。スマホの画面には――
――木島と表示されていた。
◇
「遅かったの、ムラマサ」
「あ、ああ、色々とあと片付けがな……」
時刻は午後9時、社宅に戻ったムラマサの前には、久々に顔を合わせるミズマリスの姿があった。
転移術を扱えるミズマリスは、弐拾弐ダンジョン最深層からこの社宅に戻ってきていた。
「マリス、なんつっていいか……本当にすまん」
「ん? 何を謝っておる? 別に我はなんも気にしてはおらんぞ? お主には色々と世話になったからの。我にできることならなんでもしてやるわ」
「だ、だが……」
ムラマサは当初、作り上げた弐拾弐ダンジョンをアトラクション的な、誰もが楽しめるものにするつもりだった。
ムラマサの構築した様々な趣向を凝らしたダンジョンと、ミズマリスの無尽蔵の魔力があればきっと大人から子どもまでが楽しめる今までにないダンジョンを造りだすことができると思ったのだ。
今までの死が常に付きまとうダンジョンではなく、エンターテインメントとしてのダンジョン。ムラマサとミズマリスのふたりならそれが可能だと確信していた。
ノイエリタンを呼んだのは、彼女の優れた身体能力と様々な戦闘技術がダンジョン探索者の育成に役に立つと思ったからだ。
弐拾壱ダンジョンはダンジョン探索者の為の育成用ダンジョンにするつもりだった。
危険が隣り合わせのダンジョンで、如何に生存率を上げ有益な資源を採取するか、そして未踏破ダンジョンの安全な踏破には、探索者の能力の底上げが必要だと常日頃から考えていた。
ムラマサの知る中で最も優れた戦闘能力を持つノイエリタンは、ダンジョン探索者の能力向上に正にうってつけだったのだ。
だが何故だ。何故こうも思うように事が運ばない……
ムラマサはミズマリスと目を合わすことができず、ただただすまないと謝罪の言葉を並べることしかできなかった。
しかしムラマサの勝手で呼び出されたミズマリスは、そんなことを気にも留めずに、ムラマサを全肯定したのだ。
「まあ完璧な者などおらんて。お主にだって計算違いのひとつやふたつあるんじゃろう。あのダンジョンの最深層でも感じたわ。お主神喰雷を呼んだじゃろ? あんなもんを呼ばなければならんほどのことがあったんじゃな? 疲れたじゃろ? まあこれでも飲んで休め。なんじゃっけ? ビール? と言ったか? 我も飲んだが中々うまかったぞ」
まるで我が家のように冷蔵庫を開け、ムラマサに缶ビールを手渡すミズマリス。
ムラマサはキンキンに冷えたビールを受け取ると、深いため息をついた後乾いた笑いを吐き出した。
自分のエゴの為に異世界から呼び出したというのに、ここまで自分に寄り添ってくれる最高の仲間に思わず目頭が熱くなるのと共に、自分の不甲斐なさにやり場のない怒りが込みあげる。
だが今日はもうこれ以上考えるのはよそう。逃げと言われてもいい。とりあえず飲もう。
ムラマサは缶ビールを開け、それを一気に飲み干した。
一瞬で空になった缶をギュッと握りつぶしミズマリスに言った。
「マリス! こうなりゃとことん飲むか! もう1本取ってくれるか? 確か冷蔵庫に大量にビール入れといたからな。お前もどんどん飲めよ。今日は俺の愚痴を聞いてもらうからな!」
問題は山積みだが今日は飲む! そう決めたムラマサにミズマリスからの沈痛な返答。
「す、すまん。お前が帰ってくるのが遅いもんだから、あったビール全部我が飲んでしまった……」
「マ、マジか……」
「あ! ムラマサ! 帰ってきてたの!? なんで部屋の中に入らずに玄関でしゃべってんのよ?」
「あ~! ムラマサ~! 東京土産は~? 美味しいお菓子ある~?」
「ムラマサ、遅かったですね。どうしたんです? えらく疲れた顔をして。お風呂沸いてますよ?」
玄関で立ったままのムラマサに気づいた楓、椚、ライラの3人が次々と声を掛ける。
その光景にムラマサは思わず笑ってしまった。
これが俺の守るべきものだ。これを守る為なら俺はなんだってする。善にだって惡にだってなってやる。
ムラマサはそう心に誓った。
「はあ、お前ら! コンビニ行くか! 今日はなんでも買ってやるぞ!」
「え!? ホントに!? じゃあお菓子買ってよ!」
「え~! 僕もお菓子~! 行こっ! 早く行こ~!」
「え、じゃあ私は何か野菜を買ってほしいですね。この家には野菜が全くないので」
「あ、我はビール。ついでに他の種類の酒も飲んでみたいのう」
笑みがこぼれたままのムラマサは、思い思いの反応を見てさらに微笑みが増す。
「じゃあ行くか!」
社宅へ帰ってくる時の足取りの重さはいつの間にか消えていた。
5人での夜の買い出しは、ムラマサの心をほんの少しだけ軽くしてくれたのだった。
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