切り離された世界で、ふたりは ~アフターストーリー~
サトウ・レン
無人島にたどり着いたふたり
「もう、なんでよりにもよって、あんたとふたりきりなんだよ」
汀に寄せる波の音に、彼女の大きな声が混じる。それはこっちのセリフだよ、と彼は心の中でため息をつく。目の前には航空機だった残骸が痛々しく残っている。見知らぬ海岸に不時着して、生存したのは彼と彼女のふたりだけだった。
「仕方ないだろ。生きてるだけ……」
幸運だと思えよ、と続けようとして、彼はためらう。本当に生きていたほうが幸せだったのだろうか。いっそ他の乗客と運命を共にしたほうが楽だったのではないか、とそんな考えが、彼の頭に萌す。
先ほど彼女と一緒にすこし島の中を歩いてみたが、ひとの気配は感じられなかった。
まだ確証はないが、おそらくは無人島かそれに近しいものだろう。時折聞こえてくる獣らしきものの鳴き声が、彼の心を不安にさせる。
彼は、彼女を見る。
服はぼろぼろで、ところどころに事故の影響でできた傷があり、顔は疲れ果てている。鏡もないので自分自身の姿を確認はできないが、自分も同じような顔をしているだろうな、と彼は思う。
生意気な奴だが、誰もいないよりかはマシなのかもしれないな。
彼女は会社の同僚だ。仲が良いわけではなく、今回の出張をふたりで行くことに嫌な予感はあった。その予感は、仕事中に喧嘩をしてしまうかも、とかその程度のもので、まさかこんな災厄が降り注ぐとも思っていなかった。
「とりあえず、まぁ雨をしのげる場所でも探すか……、っと、おっと」
よろける彼の身体を、彼女が慌てて支える。
「何やってんの」
「すまん。ちょっと、くらっとした。色々ありすぎて」
「もう、やめてよ。動けなくなったら、置いていくから」
「容赦がないな」
ただこういう性格のほうが、いまの状況には向いているかもしれない。とりあえず頼れる相手は、お互いしかいないのだから。
時計もスマホも壊れてしまっていて、時間は分からないが、三十分ほど歩いたところで、彼らは洞窟を見つけた。土砂崩れでも起きれば、簡単に入り口は塞がってしまいそうで、安全とは言いがたいが、いまのところ探した中では、一番、拠点にするには適している。
洞窟の中を進んでいくと、そこには明らかに人間が生活を営んでいたような痕跡が残っている。
彼は人差し指を口に当て、彼女にしゃべらないよう伝える。生きている人間がいれば襲ってくるかもしれないからだ。
奥までたどり着いたところで、彼は息を呑む。
「これは……」
そこには白骨死体がある。ふたりぶんの。彼の後ろを付いてきていた彼女も分かったようで、怯えた目をしている。
「誰かが暮らしていたんだね。たぶん僕たちと同じような状況だったんだろう。服や靴とかを見る限りは」
「無人島に流されてきて、生活してた、ってこと? ……じゃあ、これが私たちの未来の姿か」
「怖いこと言うなよ」
「でも正直、あんただって、同じこと考えたでしょ」
「まぁ」
「……そこの大きな石に文字が彫ってあるね。でもなんて書いてあるかは読めないけど。なんて書いてあるんだろ」
「分からないけど、『生きたい』とかそんな感じじゃないか。こんなところでずっといて、吐き出したい気持ちなんて」
彼らは知らない。
死体になったふたりが、彼らと同じ状況にあったことは確かだが、彼らが想像するよりもずっと長い年月を生き、やがて自ら望んで現代社会へと戻る道を選び取らなかったことを。
彼らは知らない。
死体になったふたりが、抱き合うようにして最期の刻を過ごしたことを。そして彼らと同じように、最初の関係は必ずしも良好ではなく、何度もいがみあいながらも、やがて何よりも強い絆で結ばれたことを。
彼らは知らない。
死体になったふたりのそばに置かれた石の文字が、弱々しく震えたように綴られているのは、最後の力を振り絞ったからだ、ということを。
彼らは知らない。
それが互いへの愛を紡いだ墓碑銘だったことを。
切り離された世界で、ふたりは ~アフターストーリー~ サトウ・レン @ryose
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