母親の静恵がマンションを訪れたのは、咲弥花さやかの着信があってから3日後のこと。

 折り返してみたもののスマホは繋がらず、メッセージアプリにも返信がこない。夫は静観した方がいいと言ったが静恵にしてみればそんな訳にもいかず、様子を見ようと新幹線で5時間掛けて上京したのだ。いろいろ吹っ切るためにも東京でひとり暮らしをするのもいいのではないかと、多少強引に勧めた後ろめたさもあった。

 幾つかの地下鉄を乗り換えて咲弥花の住む街へと着く。そこから地図を片手に歩いて10分程度、自分たちの町とさほど変わらない閑散とした住宅地を進んだ先に4階建てのマンションがあった。

 咲弥花の部屋は2階、階段を上ってインターフォンを鳴らす。留守なら合鍵を使って入ろうと思っていたのだが。


「はーい――えっ、お母さん!?」インターホンから漏れる咲弥花の驚きの声。「どうしたの突然? とにかくいま開けるね」


 ああ、よかった、と静恵は内心胸をなで下ろした。

 生まれたときから病弱だった姉の風莉かざりが亡くなったのは昨年。その生が長くはないことを静恵も夫も心のどこかで意識していたので、いつか来るべき日を覚悟していた。しかし、双子の妹である咲弥花はそうではなかった。あまりにも姉に懐いていたのでその日が来ることを話す機会を逸していた。

 葬儀が終わった後、咲弥花は両親を恨むことはなかったが、そうと知っていれば違う接し方をしていたと後悔しているのは見て取れた。それだけに、自室に閉じ籠もったままの咲弥花にかける言葉が見つからなかった。

 そんな咲弥花がぽつりぽつりと話し始めるようになったのが大学の推薦合格が決まった頃。時々ひとり言のように呟いては笑っている時もあったが、徐々に本来の明るさを取り戻していく咲弥花を見て、悲しい思い出があるこの土地に縛られるよりはと急いで入学の手続きを進めたのだ。

 町を出たのがよかったのかもしれない――インターフォン越しに咲弥花の元気な声を聞いてそう思った。

 ガチャリ、静恵の前で玄関が開いた。


「お姉ちゃーん、お母さんが来たよ!」


 肩まで届いた髪を揺らしながら、咲弥花はおっとりとした顔で満面の笑みを浮かべた。



   了





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縁切り 図科乃 カズ @zukano-kazu

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