第3話

 食事を済ませた二階堂は、杉崎スミレと共にその事故があった交差点へと向かった。

 そこは杉崎スミレの言う通り、見通しの良い交差点だった。


「先生、ここ……わたし、嫌い」

 ヒナコが眉を八の字に下げていった。

 それは二階堂も同じだった。


 交差点には枯れた花が供えられていた。おそらく、杉崎サクラよりも前にここで事故に遭った人への供え物だったのだろう。


「ここはとんでもない場所だな」

「先生、早く帰ろうよ……。こんな場所に長い時間、居ちゃだめだよ」

「何かわかるんですか?」

 ブツブツと話している二階堂を見て杉崎スミレが問いかけてくる。


「ここは、昔から四つ辻って呼ばれる場所ですね」

「四つ辻?」

「ええ、四つ辻は生者と死者の世界が入り交じる場所とされています」

「あ、あの子じゃない?」


 ヒナコがそういって指差した先には、ひとりの少年が立っていた。

 少年は野球帽を被り、赤いシャツに半ズボンという姿だったが、半ズボンから伸び出ているはずの足はぐしゃぐしゃに潰れている状態であり、野球帽の隙間からは脳漿が垂れ出てきている。

 そして、その少年は邪悪な目でこちらをじっと見つめながら、ニヤニヤとわらっていた。


「ああ、彼だ。彼がこの四つ辻で生者を死者の世界に引き込もうとしているんだ」

「どうかしたのですか?」


 少年の姿が見えていないのか、杉崎スミレは不思議そうな顔をして二階堂のことを見た。


「そこに少年がいます。ここは彼の領域内で、我々は彼の領域に足を踏み入れてしまったようです」

「え?」

 杉崎スミレは驚いた顔をする。


「先生、ヤバいよ。あの子が近づいてくる」

「何を言っているんですか? 誰もいませんよ?」

「杉崎さん、この眼鏡をかけてみてください」

 二階堂はそういって、杉崎に自分のかけていた眼鏡を手渡した。


「ヒッ!」

 杉崎スミレは小さく悲鳴をあげると、その場で腰を抜かしてしまった。

 見せるべきではなかったかな。二階堂はそう思いつつも、見せなければ彼女は信じることは無かっただろうと思っていた。


 二階堂の眼鏡。それはこの世の者ではない者の姿を見ることのできる特殊なものだった。


「先生、来るよっ!」

「わかっている」


 二階堂は胸の前で手のひらをパンッと合わせると、指を組んで何やら形を作りはじめた。

 印。二階堂が指で作っているものは、そう呼ばれるものだった。印は、その指で作った形によって様々な効果をもたらす。


「ヒナコ、力を貸してくれ」

「わかったよ、先生」


 ヒナコは二階堂の組んでいる印にそっと手を添える。

 すると辺りをまばゆい光が包み込んだ。


「邪の者を祓いたまえ」

 二階堂がそう呟くと、光が一層強くなった。


「これで大丈夫だろう。この四つ辻には結界を張った。もう例の少年が妹さんのところに姿を現すこともないと思う」

「本当ですか、ありがとうございます」

 杉崎スミレは、二階堂に頭を下げた。


「あ、眼鏡返して」

 二階堂はそういって、杉崎スミレがかけっぱなしだった眼鏡をそっと外した。


「え、あ、すいません……え?」

 杉崎スミレが困惑の声をあげた。


 なぜなら、先ほどまで二階堂の隣に立っていたはずの女性が姿を消したからだ。


「あ、あの……先ほどの女性は?」

「ああ、ヒナコか。彼女は私の助手だよ。ただ、こちらの世界の人間ではないというだけさ」

 二階堂はそういうと眼鏡をかけて、隣に立っているヒナコに微笑みかけた。

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眼鏡の探偵、二階堂 大隅 スミヲ @smee

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