内見中の全てを破壊しながら突き進むバッファロー高橋にはトリあえず三分以内にやらなければならないことがあった。
λμ
KAC
全てを破壊しながら突き進むバッファロー
この窓も扉もない箱のような死体つき非事故物件の内見から脱出するためには、トリあえず、眼鏡絵の色の謎を解かなければならないのだ。
「どうした? 全てを破壊しながら突き進むバッファロー……そんなものか?」
高橋を住宅の内見に
「全てを破壊しながら突き進むバッファロー……大層な二つ名を飾る割には大したことはないなぁ!」
厳島バルタザールは両手を広げて勝ち誇った。その足元には死体が一つ。先に住宅の内見を申し出た同業者――断たれし円環の望む螺旋ヒポポタマスこと
死体がある以上は事故物件に該当しそうなものだが、この住宅は死体付きで三人の入居者を数えたために事故物件ではなくなっている。それが茫漠とした闇を抱き眠るフラミンゴ佐藤不動産のやり口だ。
「黙ってろ、この不動産業の面汚しめ!」
吠えかえし、高橋はキリリと歯をきしませながら、自らの前に置かれた、からくり覗き箱を掴んだ。一立法メートルの正方形の箱だ。正面に双眼鏡めいた二つの覗き穴があり、そのすぐ下に一つのダイヤルと一つの赤いスイッチがついている。窓も扉もないこの住宅の壁には、こう書かれているのだ。
『三分以内に謎を解かないと出られない部屋』
そして、その謎とは、全てを破壊しながら突き進むバッファロー高橋の前に置かれた箱にある。
箱につけられたのぞき穴から覗くと、極彩色に彩られた一枚の絵が現れる。手元のスイッチを押したら謎解きタイムの始まりだ。ダイヤルを右に回せば万華鏡のように絵が回転、崩れながら左右に分かれて次の絵が現れる。
ささくれのある人差し指の絵だ。
そこでスイッチを押すと絵が固定され、右か、あるいは左にダイヤルを回せば絵が動き出す。左に回せばささくれがめくれて虹色の傷が開き、右に回せばささくれが閉じられていく。よきところでスイッチを押し、またダイヤルを回せば絵が左右に分かたれて次の絵が出てくる。
これを繰り返し、三分以内にすべての謎を解けたら部屋の扉が現れる――。
「同じ説明を何度させるつもりだ? バッファロー!」
厳島バルタザールが吠えた。かれこれ十二回も失敗していた。
高橋はのぞき窓から目を離して叫んだ。
「名前を勝手に略すな厳島バルタザール!」
そしてほとんど同時に殴りかかった。
が、茫漠とした闇を抱き眠るフラミンゴ佐藤不動産の仕掛けた魔術が高橋から全てを破壊しながら突き進むバッファローの力を封じ、ただ厳島バルタザールの頬に拳をむにと押し付けるだけに留まらせる。いい歳をした大人の男がしていていい所業とは思えない光景が広がる。その足元には断たれし円環の望む螺旋ヒポポタマスこと鳳凰舎マチコの遺体があるというのにだ。
「クソ!」
高橋は怒りを悪態に変えて厳島バルタザールの襟ぐりを掴んだ。
「答えろ! 鳳凰舎マチコはなんと言っていた! どこまで解いたんだ!」
「……ふ」
厳島バルタザールは唇の片端を吊った。
「不正なリクエストです」
「――クソが!」
高橋はまた一つ、怒りを吐き出した。転移という手段により高橋をこの住宅までつれてきた茫漠とした闇を抱き眠るフラミンゴ佐藤不動産の担当、厳島バルタザールはいわばコンパニオンなのだ。NPC――ノン・プレイヤー・キャラクターなのだ。買った武器防具は装備しなければ意味がないと繰り返し唱えつづけるよう呪われた哀れな電子の囚人なのである!
高橋は仕方なくのぞき窓を覗く。すでにタイマーは十秒を切っている。五、四、三、二、一――ブザーとともにダイアルが強制的に巻き戻され、すべての絵が元の位置に戻っていく。
「残念だったな! 全てを破壊しながら突き進むバッファロー高橋!!」
厳島バルタザールが勝ち誇るように言い、片手を腰に、片手を腹に、恭しく躰を折り曲げていった。
「またの挑戦、お待ちしております」
ここまでがワンセットである。すでに何度も繰り返したやりとりである。
この箱から逃れるためには、トリあえず謎を解かなければならないのだ。
この、人差し指のささくれの謎を!
全てを破壊しながら突き進むバッファロー高橋は片手で両目を塞ぎため息をついた。彼はその二つ名の通り、あまり頭はよろしくない。
ではなぜ自らこの地獄不動産討伐部隊に志願したかといえば、極一時のこととはいえ断たれし円環の望む螺旋ヒポポタマス鳳凰舎マチコの豊満を愛したからだ。
「もう絶対に離さない」
「本当に? 信じていい? なら――」
絶対にはなさないで……!
そう断たれし円環の望む螺旋ヒポポタマス鳳凰舎マチコの豊満が言っていたというのに、俺は――!
それは高橋にとって復讐だった。
自ら望んで火中の栗を拾わんと飛び込んだのだ。
結果として、羽虫になったに過ぎない。
バッファローなのに――。
全てを破壊しながら突き進むバッファロー高橋は、全身から全てを破壊しながら突き進む五ギガヘルツ帯Wi-Fi電波を発散し、また無効化されながら、のぞき窓に顔を押し付ける。
慎重にしかし急ぎながらダイアルを繰り、眼鏡絵に描かれし人差し指のささくれをめくりあげていく。
「全てを破壊しながら突き進むバッファロー……大層な二つ名を飾る割には大したことはないなぁ!」
厳島バルタザールの声が聞こえる。おそらく、これがヒントなのだ。間違っているか、あるいは合っているとき、固定セリフを垂れ流すよう言い渡されているのだ。あの憎き、茫漠とした闇を抱き眠るフラミンゴ佐藤不動産の代表に!
「見てろよ……! 必ず解いていやる……解いて……仇を……取る!」
低く呟き、高橋はダイヤルを繰る。視覚的にも痛々しい、虹色の傷を開いていく人差し指のささくれを剥きながら、誓う。
――オチはない。
内見中の全てを破壊しながら突き進むバッファロー高橋にはトリあえず三分以内にやらなければならないことがあった。 λμ @ramdomyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます