ファイル2 相棒5

どうやら着いた場所はどこにでもある住宅街の一角のようであった。ただ近くに藪のような茂みがあり、街灯があるにも関わらず特に周囲よりも暗くなっているような場所である。瀬戸は民家のコンクリート塀に飛び乗ると、静かに座った。フードを前へ少し引っ張り、小さな声で修子に声をかける。

「さて、手帳の画面に地図が載っているだろう?この場所の。」

修子はポケットから手帳をとりだして画面を開いた。画面には自分がいる場所近辺の地図が載っており、自分の現在位置も示されている。地名などは書かれておらず、それが具体的に何処なのかはわからない。しかし知る必要もないので修子も訪ねることはなかった。

「それで?」

「画面に直接触れて、結界を張りたい範囲を指定するんだ。」

修子は言われるまま画面にそっと人差し指をつけた。すると手帳が反応し、指を少し動かすと長方形があらわれ、自由に動かせた。

「すっげー!」

「範囲を決めたら手を放す、それでOKだ。」

修子は適当に自分のいる住宅街の交差点全体を含む範囲を選択した。手を放すと手帳から直方体のものが飛び出て、修子の指定した範囲の大きさになる。

「これが結界?なんか箱の中にいるみたいだ。」

修子はあたりを見回した。結界の境界がほのかに白く光っている。手を触れたがなんの感触も無く、自由に通り抜けられた。

「結界を張ることで存分に動くことができる。この中ではこの世の物を傷つけることが出来ないようになっているのだ。」

「ふーん?で、それからどうするんだ?」

あまり興味がないのか反応もそこそこに修子は次の手順を尋ねる。

「まぁ待て。そのうち敵は現れる。敵は何人か確認しているな?」

「ああ、確か4体だった。」

そうだ、と瀬戸は黙って頷き、手に鎌を出現させた。それを見て修子も自分の武器を手のひらの中に出現させた。修子はいつでも攻撃できるようにしっかりと武器を握り締めた。瀬戸は鎌を肩に軽く乗せ、くつろいだ様子で足を組み座っている。その様子はまさしく『死神』だった。得意げな声が修子の上からかけられた。

「どうだ、決まっているだろ?」

「…。まぁな。それよりも妙な風が出てきたな…?」

修子の周りを囲むかのように生暖かく、気持ちの悪い風が吹いてきた。少し低い音も合わせて鳴っている。ただの風ではなさそうだ。修子は真剣な眼差しになり、自分の武器である銃をしっかりと構えた。風が一瞬強く吹き荒れ、低く響く声が辺りに響く。

「なんだお前らは!!」

風が一気にやみ、4体のぼんやりとした人間の形をしたものが現れた。しかしその体は半透明で向こうが透けて見えている。人間の形をしたものは嫌な笑みを浮かべ修子を取り囲んでいる。どうみても生前善良な人格を持っていたとは思えない雰囲気だった。

「瀬戸ー撃っていいかー?」

修子は特に緊張する様子もなく、頭上の塀で座っている瀬戸のほうを振り向いた。瀬戸は落ち着き払って手帳を開く。

「ちょっと待て、えーと『不法地縛・昇天妨害の罪』で天界に強制送還する。おとなしく捕まるんだな。」

「あー!!そんなこと言うのかよ!おいしい役じゃないか!」

と修子は悔しがった。瀬戸はふっ、と鼻で笑い手帳を胸元にしまった。そして指示を出す。

「行け、修子。実戦だ」

ちぇっと修子は舌打ちし、銃口を目の前のまず一体に向けた。

「おい、ナメんじゃねえぞ。俺たちは生きていたときからたくさんの人間から恐がられていたんだ。おめぇみたいなガキなんかに…」

「るせぇ!」

修子は引き金を引いた。するとセリフ半ばの一体の体に銃弾が打ち込まれ、それと同時にその幽体が煙となって一瞬にして消える。それを見届けないうちに修子は別の一体にまた銃口を向けた。

「てめぇ!何をする!!」

また何か言いかけたが、修子の凶弾にあっさりと片付けられた。残り2体が明らかにうろたえている。そんな様子を瀬戸はのんびりと高見の見物だった。修子は問答無用でうろたえている2体の幽体を銃で撃ってしまうと、一息つく。あたりはまた静けさを取り戻した。

「…終わり?」

物足りなさそうに修子は瀬戸のほうを見た。瀬戸は相変わらず塀の上でのんびりと鎌を持ってくつろいでいる。瀬戸は軽く塀の上からおりてきた。

「終わりだ。さて、帰るぞ。」

「結界は?」

「勝手に消える。これが一連の仕事の流れだ。」

ふーん、と修子はあたりを見回し、銃を手のひらの中から消した。もうこの交差点には何の気配も無く、夜の静けさだけがあった。瀬戸は胸元から手帳を出すと画面に触れる。すると目の前にあのエレベーターの扉が現れた。

「帰りは手帳から扉を呼び出せばいい。そして行きと同じように、私とお前の手帳を読み込ませるんだ。それでおしまい。わかったか?」

「ああ、結構簡単だな。」

そう言って修子はエレベーターに乗り込んだ。扉が閉まるとその交差点に現れていた扉は見えなくなり、張られていた結界も何事も無かったかのように消えていく。

修子の初仕事が、終わった。



修子は瀬戸に連れられて、先ほどのエレベーターの場所から刑事課の部屋へとやってきた。中はただ単に事務机とファイルのある棚、デスクトップパソコンと適当な書類があるだけの部屋だった。中には誰もいない。

「誰もいないな。」

「きっと全員出払っている。まぁ、あまり顔を合わすことはないんだがね。会議があれば会うが…会議自体部長の思いつきでしか開かないし。」

部長の思いつきなのか、と修子は相川部長の間の抜けた顔を思い浮かべた。瀬戸はファイルのある棚の引き出しから一枚の紙を取り出し、修子に渡した。一応、机は悪霊対策本部一人一人に対して与えられており、修子の机も用意されているようだった。研修の時に用意はされたものの備品の類は何も用意されていない。全く何もない机の横にある瀬戸の机はファイルが一冊と、筆記用具だけがのった殺風景なものである。修子はA4の紙を受け取った。それには事件記録、と一番上に書いてある。なにやらたくさん書き込まなければならないところがありそうだ。全て目を通す前に瀬戸が言い放つ。

「これ、記入して。それで部長の机に置いておいてくれ。私は帰る。」

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