ファイル3 ナオミ姐さん1

藤田修子が死神省という天界の「役所」で公務員になってからどのくらい月日がたったであろうか?だからといって修子はそれを気にしたこともないししようともしなかった。天界の時間というのはあって無いようなものであり、仕事に期限があることも無い。ただそこに「ある」という事だけが事実、という不可思議な状況に徐々に慣れていっていた。


修子は前の仕事で相棒の瀬戸直樹から聞いた話を思い出す。


「なー思ったんだけどさー」

仕事を終えて転送エレベーターを呼ぼうとしたときに修子が問い掛けた。瀬戸はなんだ?と美しい髪をさらりと流して振り返る。

「たまにすっげー長生きっていうか長い間『こっち』にいた霊がいるだろ?」

「そうだな、1000年近いのもたまにいるな。」

「どうしていままでそんなに時間が経つまで放っておいたんだ?」

素朴な疑問である。働き始めた当初、修子は300年間『この世』に居続けた霊に取り込まれそうになり、それ以来猛特訓を重ねたのだった。その甲斐あって、相棒の凄腕死神(多分)である瀬戸直樹も納得するくらいの力を身につけたのである。そうなると就職当初のレベルの仕事ではなく、かなり年季の入った強力な霊魂を相手に仕事をすることが多くなった。

「それはな、天界に時間が無いからだよ」

「はい?」

「時間が無いからな…修子は下界からきた人間だから時間を気にするが、私たち元から天界にいたものにとって時間は気にするものではない。だから対応が『遅れた』感じなんだな。」

「『遅れた感じ』か。ん、まぁそっか。時間が無いからいつだって『その時』って感じだもんな。」

「大分わかってきたようだな。だから…まぁ比較的最近出来たんだこの部署は」

「ふーん。それでほったらかしの霊を今になって捕まえてるんだな。そっか。」




修子は一人部屋で報告書を書きながらそんなことを急に思い出した。相変わらず報告書は押し付けられている。修子も別に仕事が終わった後にやることも特にないので、暇つぶしに書いている感じである。修子はこの悪霊対策本部は部長の相川良介を筆頭に強い霊に太刀打ちできるメンバーばかりを集めた部署であることがようやく分かった。昔は(天界で昔という言い方は変ではあるが)弱い職員が強い霊と出会い取り込まれることがしょっちゅうあったのだ。それがたくさん増え、片付けられない霊ばかりが残り仕事にならなくなったのだった。そしてようやく立ち上げられたのである。天界としては早い対策であっただろうが、下界の時間に換算するとそれはそれは長い間ほったらかしであったことは言うまでもない。

「それにしてもほかの人ってどんな人がいるんだろう?」

修子は未だに相棒と部長以外の同部署の人とは出会ったことがないのだった。相棒の瀬戸直樹は他の人について話してくれたことはない。そしてこうして報告書を書いていて知らない誰かが部屋に入ってくるということもなかった。一度だけ部長がたまたまのぞきにきたことがある。修子にとって部長は謎の多い人だった。片メガネをかけきっちりしたスーツを着、雰囲気はまさしく下界のサラリーマンといった感じであった。そしていつもニコニコ笑い、新人の修子に仕事を熱心に教える部下思いのいい上司である。しかしそれ以上のことは全くわからない。どれくらい強いのか、それすらも謎である。

「ほんと個人主義だよな。」

最後の感想欄をいつものように小学生の作文(死んだ時が小学生だったから仕方がない)のように書いていた。すると珍しく廊下を誰かが歩く音がする。悪霊対策本部の周りはあまり誰もいないので物音がすることはほとんどない。しかしその足音は力強くこちらに向ってきているようだ。

(誰だろう?)

足音は扉の前にまできたようだ。そして足音が止まると勢いよく扉が横にスライドされる。その勢いのよさに修子はビックリして扉を見た。そこには下界で言う『某対策本部に目を付けられていそうな姐さん』が立っていたのである。

「ん?見かけない顔だな?」

低くて威厳のある声に修子は胸を貫かれた。上半身はきつくまかれたサラシのみである。しかし露出している肩の辺りはちっとも色っぽさを感じさせずむしろ強さを感じさせる。そして下半身は迷彩ズボンに軍靴である。髪は明るい茶色のベリーショート、これらはみな修子の趣味のツボをつくスタイルであった。

「は、初めまして。」

修子はその姐さんをしっかりとみつめたまま挨拶をした。姐さんは表情を変えずに修子の向かいの席につかつかと歩み寄り、乱暴に椅子に腰掛けた。

「初めましてだな。誰とペアを組んでいる?」

「瀬戸直樹と組んでます。藤田修子と言います、よろしくお願いします!」

思わず修子は立ち上がって礼をしていた。しかも礼は礼でも敬礼である。姐さんはうん、と頷き自分も立ち上がった。そして手を差し出す。

「私は天道ナオミだ。よろしく。」

「よ、よろしくお願いします!」

天道ナオミと名乗った姐さんはがっちりと修子の手を掴み握手をした。修子はもう感激のあまりただただ見つめる事しか出来ないでいる。

「まぁ座ろう。そうかお前が最近下界からきた新入職員か。死んだのは小学生のときか?そう聞いているが」

「は、はい!」

「根性のあるヤツだ。お前見込みがあるな、気に入ったぞ。」

ナオミはそう言って微笑んだ。戦う女性の力強い微笑だった。それでますます修子は舞い上がる。

「直樹には手を焼くだろうが、困ったときは私に言ってくれ。あいつは私の部下だからな。」

「部下…って」

「ああ、説明が抜けていたようだな、悪いね。私は部長補佐だ。相川部長のサブってわけだ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る