死神のお仕事 

あかつきりおま

ファイル1 採用面接1

 星影すら届かない闇に一筋の白い煙が打ち砕くような破裂音の後に立ち上る。生者の耳には聞こえない断末魔が夜風の音に紛れて虚空へ消えた。

「これで始末完了っと」

「大分と手際よくなったもんだね」

「うるせえよ。おまえは働けっつーの」

「私が出るまでもなかっただろう?この程度の悪霊どもだと」

 はぁ、とため息が聞こえる。

「そういう問題じゃねーよ。仕事しろっての!死神らしい格好をして座ってるだけって、それはただの職務怠慢だろ!!毎回言うけどさ!!」

 今宵もどこかで人の寄りつかない気味の悪い場所がこうして浄化されていく。これらの仕事はこの世の者の出来ることではない。あの世の者たちが地道な作業を行うことによって成されることなのである。我々が会社や学校から与えられるタスクを淡々とこなさなければいけないように……




この世は常にあの世と隣り合わせである。



「自殺らしいよ?」

「しかも11歳の子どもだって!」

「これで昨日は帰るのが2時間も遅くなったんだよなぁ~」

 新聞の三面記事のごくごくわずかな空間に昨日発生した鉄道での人身事故の記事。



 なんてことはない。ただただ生きるのが面倒になって嫌になって電車に体当たりした。それが一番「正確に死ぬことが出来る」って思ったから。そうした。残された人間のことなんてカケラも思っていなかった。今になって思えば飛び散った肉体の破片や、電車を止めた損害賠償、社会の反応、大変だったんだろうと思う。でもそれはもう関係のないことだ。

 死んで楽になりたかった。

 楽になるはずだった。

 楽にならなかった。

 楽になるどころか……



 「ここは……地獄?」

 一つの魂が自分よりもはるかに大きいレンガ造りの建物の前でさまよっていた。窓からのぞいてみたり、芝生の生えている庭を行き来したりしていた。周りを見渡してみてもその建物が何であるかのヒントは見つからない。

「みたところ……役所みてーだけど。地獄に役所ってやっぱりあるのか」

 短く黒い髪をかきむしりながらその魂はうろうろとしていた。そこへどこから来たのか黒いスーツを着た男が声をかけてきた。

「そこの君!何をしているんだね?早く中に入りたまえ!!」

「え?俺?」

「そうだよ?さ、早く!面接をはじめるからついてきて!」

「め、面接?」

(面接で何か決めるのだろうか?閻魔様の裁きってやつ?それにしても……さすが地獄!スーツもネクタイも真っ黒だ)

 魂はその男に小走りでついていった。小柄な体なので男の早足についていくのは大変だった。長い長い薄暗くて細い廊下を歩かされて、ようやくたどり着いたのはよくある普通の部屋のドア。そしてドアの上のほうにはプレートがかかっている。

『人事部会議室』

(人事……???)

「さ、入りなさい。」

 抵抗する間もなく、その魂は押されるようにしてドアを開けさせられ部屋へと押し込まれた。あまりの勢いに魂はつまずき床へ転がった。

「うわぁっ!」

「遅くなりました!外で迷っていたようです。」

 男は魂の背後から大きな声でそういうと足早に部屋を出て行った。魂がゆっくりと身を起こすと、そこはまさしく面接会場だった。広い空間に長机がひとつ。そこに3人のこれまた黒いスーツの男たちが並んで座っている。3人ともそれなりに年をとっているような顔だ。そしてその机を挟むようにして一つだけ置かれたどこにでもあるパイプ椅子。右端の男が声をかける。

「座りなさい」

「あ、はぁ」

 言われるままにパイプ椅子に座った。重さをかけられた椅子はギシリと音を立てる。なんとなく姿勢はまっすぐにして3人の男達の方を見た。

(普通に座れるもんだな)

「あー、では始めよう。君はまだ状況がつかめていないようだねぇ」

「はぁ」

 右端の男が淡々と話している間に、残りの二人は手元にある書類をペラペラとめくっていた。

「まず、君は死んでいる。」

「それはわかってるよ。」

 半ばむっとした口調で魂は言い返した。

「ふむ、ならばよろしい、では確認を取るけども。えーっと」

 真ん中の見た目が一番年をとっていそうな男が書類を手にメガネをはずして読み上げる。

「藤田修子。えーと11歳。ん?君は女の子か。」

「悪かったな」

 どうみても少年にしか見えないこの魂、藤田修子は口を尖らせた。ショートカットに短パン、Tシャツ。生意気な口調。一人称は俺。どこからみても少年である。

「電車にはねられて死亡したっと。つい最近のことだね」

 続けて右端の男性が説明を付け加える。

「ちょっとさまよってしまったようだね、ま、無理もない。君は特別なんだからねぇ」

「特別?」

「そうだよ。普通人は死んだら『楽園』にいって次の生を待つんだけどーさて、ここはどこでしょう?」

 突然のクイズに修子は若干いらだちを覚える。

「そんなのわかるわけねーよ!楽園じゃあないってことはわかるけどさ。こんな役所みたいな所」

「そうさ!ここは役所だ!!」

 えらいっ!と右端の男が手を打った。修子は困惑した表情を浮かべる。

「やくしょ……」

「『楽園』はね、ここ『天界』の管理にあるんだな。ここは天界の中央省庁の建物さ!」

(なーんかややこしそう)

「あ、勿論、楽園にいけない人もいる。地上での重罪人は刑務所で刑を受けなければならない。」

(地獄行きってやつだな)

「まーとにかくあっちの世界で言う『あの世』をここで全部動かしているんだね、わかるかな?」

「はぁ」

 修子はよくあるこども向け番組のノリに似たものを感じ、困惑しながらとりあえず返事をする。

「よろしい、で、君の置かれた状況だが」

 ようやくにして一番左端の片メガネをして、鼻の下に少しひげの生えた男が口を開いた。綺麗なオールバックの髪型から几帳面さがうかがえる。

「面接に来ているということから大体は推測できると思うけど」

(予想もつかねーよ!)

 修子は心の中で突っ込んだ。

「早い話がここで働いてもらう。」

「へっ?」

「君はかなり特異な体質でね、昔から……といっても11年しか生きてこなかったが、何かしら普通の人には見えないものが見えたり、違う感覚を持っていたはずだ。それでここの天界の仕事に向いているだろう、ということから君が採用されたんだ」

(そうだったのかもしれないけど。採用ってことは働くのかよ。なんか面倒くさそうで嫌だな)

「仕事の詳しい内容はあとで私、相川が教えます」

 にっこり片メガネの男が微笑んだ。はぁ、と修子は何となく頷いた。

「そうだねぇ……仕事はねぇ、まぁ君たちの世界で言う『死神』って感じ?」

(死神!!!!!)

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