ファイル2 相棒6

修子が何かを言う前に、瀬戸は素早く部屋を出て行った。修子はぽつねんと誰もいない部屋に取り残された。

「…。仕方ないか、初めてだしな。」

修子は瀬戸の隣にある机の椅子を引いて座った。椅子もいたって普通の回転する事務椅子である。強いて言えば肘掛がついているところが普通より豪華かもしれない。修子の机の上にはまだ何もなかった。上だけでなく引き出しにも何も入っていない。

「文房具ってどこで買えるんだろう。それとも貰えるのか?とりあえず瀬戸さんのを借りようっと。」

修子は瀬戸の机の引き出しから勝手にボールペンをとりだした。瀬戸の机もあんまり何も入っていない。必要最低限の文房具以外は何も入っていなかった。修子は他の引き出しも空けてみたが、一番上の引き出しに筆記具とはさみとのり、セロテープとホッチキス、クリップ以外は何にも入っていなかった。つまらん、と修子は乱暴に引き出しを閉めた。空っぽの引き出しは誰もいない部屋に大きく響き渡る音を立てる。修子は改めて部屋を見渡した。瀬戸だけでなく、他にいくつかある机の上もほとんど何もない。さすがに他の引き出しは開けなかったが、想像はついた。

「この部屋って何のためにあるんだろうなぁ?」

部長の机は一つ離れた上座においてあったが、部長の机の上にもほとんど何もない。ファイルと数枚の書類しかなかった。修子は一通り見渡し終えると仕方なくボールペンを握って、事件記録を書き出した。事件記録を書くことはさほど難しくはない。すべて質問形式でかかれてあったからだ。

「えーと、罪はなんだったか?って…手帳に書いてあるよな?」

と修子は手帳を使いながら、マジメに用紙に記入をしていく。ほどなくして事件記録の用紙は全て埋められた。修子は紙を部長の机の上に置くと、自分の席にまた座った。椅子のきしむ音が妙に大きく感じられる。しばらく左右に椅子を振ってぼんやりしていたが、

「…すること、ないな。」

と手帳を開いた。まだ手帳についてはあまり使い慣れておらず、色々触ってみようと操作をはじめた。すると

『未消化の仕事:1件』

「あれ?さっきやったのに。何?不法地縛の罪。ってことはさっきとは別の仕事か。」

と修子は触ろうとしていた手帳を閉じて椅子から立ち上がった。仕事に行かなければ、と思い部屋を出て気付いた。

「まさかあの人はまた風呂に入って丁寧に着飾ったりするんじゃないだろうな?」

その通りだった。






待たされては一人で仕事を片付け、事件記録を書くということが何度も何度も繰り返された。修子が事件記録を書き終えると嫌がらせのように仕事が必ず入っていた。休む間もほとんどない。強いて言えば瀬戸が着替えている間が休み時間だった。しかしそのおかげで仕事の流れは完全に体に叩き込まれる。最初、修子はたくさんの仕事をこなしていくことになんの疲れも感じていなかった。疲れというものが生きていたときと違って全く感じられないのだ。しかし、仕事がこう立て続けに入るとさすがにイライラし、疲れのような感覚を覚え始める。

「…。」

何度目かはわからない仕事の出勤時、修子は額に若干のシワを寄せ、無言でエレベーターの機械に手帳を読み込ませる。

「機嫌が悪いな。」

瀬戸がふくれっつらの修子を見て声をかける。

「誰のせいだよ。毎回毎回長時間待たせやがって。」

「待ち疲れたか?」

と瀬戸は笑いながら言った。修子は、『こいつ確信犯か』と瀬戸を睨みつけた。そんな睨みも瀬戸は男とは思えない妖艶な微笑で跳ね返す。それが余計に修子のイライラを増幅させた。ほどなく古いエレベーターの音で到着が告げられる。ドアが開き目の前に夜の風景が広がった。修子が一歩前へ歩き出そうとしたとき、瀬戸が不意に修子の肩を掴んで引き止めた。修子はびっくりして瀬戸を見上げて睨みつける。瀬戸はフードの奥から真面目な表情で静かに言った。

「油断するな。」

「わかってるよ。てめーこそ働け!」

肩の手を振り払うと修子は外に踏み出した。そして手早く手帳を開くと結界の範囲を指で指し示した。暗くてよくは見えなかったがどうやら古い神社のようだった。古くなって朽ちそうな木製の鳥居が建っており、その奥にこれまた朽ち果てそうな社殿が鎮座している。直感的に修子は今までとは違うと感じた。

「すごく気味が悪い…」

瀬戸はいつものように結界の端っこの方で木にもたれて立っていた。今回は座るところがなかったようでやれやれとだるそうにため息をついている。

「!!」

修子は鳥居の真下に何かが集まってくる気配を感じた。手帳を取り出し罪状を読む準備をする。しかし手帳を持つ手がかすかに震えていた。

(今までとは比べ物にならないぐらい強い!!)

「(誰だ)」

声とも似付かぬような低いうなり声が結界の中に響いた。修子は気をしっかり持ち直し、手帳を見せた。

「死神省刑事課だ。不法自縛、不当な誘い、呪い、取憑き、障害の罪でお前をここから引き離す。」

鳥居の下には青白く、形をなしていない靄のようなものがただよっていた。ほかに気配はなく、この一体だけのようだ。

「(ふん、クソガキが。お前のような少年ごときに何が出来る。)」

修子は手帳を乱暴にウエストポーチにしまうと反論した。

「俺は女だ!!」

「(それは失礼したな。だがどっちでも関係のない話だ。やれるものならやってもらおうか)」

修子は手に銃を取り出すと素早く引き金を引いた。弾丸は明らかに霊の中心を貫通した。しかし霊はよけようともせずその場から全く動かなかった上に、修子の一撃を受けても何のダメージを受けてもいないようである。平然としている相手を見て修子は焦った。

(ヤバイ)

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