ファイル2 相棒1

第一印象は最悪だった。



修子が「あの世」、つまり天界にきてから結構時間がたった。それがどのくらいなのかは誰も修子に教えてはくれなかったし、修子も知ろうとはしなかった。というより知る必要が無かった。天界には基本的に時間というものは無い。とにかく修子は結構な時間、死神として働くためのスキルを身につけるために、部長である相川のもとで特訓を続けていた。そしてようやく相川部長から見極めをもらい、晴れて実際に働くことになったのである。修子が働く部署は「死神省刑事課」の「悪霊対策本部」、つまり下界で言う「警察」のようなもの。下界のならずものを捕らえてくる仕事だった。少なくとも退屈することは無さそうだし、相川部長も受容的で理解ある上司であったことから修子はその仕事に結構乗り気だった。悪霊対策本部はやはりならずものを相手にするというだけあって、安全の為必ず二人一組でやることになっている。修子は面接でのある一言を忘れずにいた。


「君の相棒は腕はいいけど人格に問題がある」


この台詞がどんなときでもどこかで引っかかり、頭から抜け落ちることはない。そしてどんな人なのだろうと思いながら相川部長に連れられて相棒の「家」に連れて行かれた。修子は現世からやってきた時とは違い余計に眼光がきつくなったように思える。そして服も短パンにTシャツ、その上に濃い紫色のハイネックのチュニックのようなものをきていた。もちろん上に来ているチュニックは腰の位置までスリットが入り、動きやすいように作り直してある。そして同じ濃い紫色のキャスケットを深くかぶっていた。相川部長は家のインターホンを押すと何かつぶやいた。修子はただただ目の前の豪邸に注意を奪われる。一人で住むには大きすぎる二階建ての家だ。門扉も金属製のおしゃれな模様が入った大きな門である。

「・・・家。一軒家なんか持てるのか?」

「ああ、修子くん。持とうと思えば持てるんだよ。そのあたりは彼が一番良く知っている。」

(そういえば給与については相棒に聞けといっていたような)

門を開けて入っていくとこれまた大きな木製のドアが現れる。その前で立ち止まると、しばらくしてドアの鍵がはずれる音が聞こえた。

(オートロックですか。)

天界でオートロックというのも不思議な気分だった。勝手に描いていた「あの世」のイメージはもっと古いテクノロジーを使っているかと思っていたが、むしろ下界よりも進んでいる面もたくさんある様だった。相川は戸惑う修子にも気付かず、邪魔するよ、と声をかけてドアをあけた。修子もおそるおそる後に続く。そして相川はずかずかとリビングの扉らしきものをあけた。中はやたらとデザインに凝っていた。壁紙も無地ではないし、絵も飾られている。修子も続く。そして修子は見た。

(風呂上り?髪なげー・・・)

バスローブを一枚羽織り、長く濡れた美しい髪を肩から胸の辺りへと垂らしている。その髪がまたやたらと美しいのであった。カラスの濡れ羽とはこういった色を言うのであろう。そして色白、整った骨格に魅惑的な深い紫色をした瞳。修子はしばし呆然と髪を拭くその人を見ていた。髪を拭きながらその人は落ちるようにして黒いソファに座った。座ったところが深く沈む。きっとふかふかで心地の良いソファなのであろう。相川はいつものようにニコニコと笑いながら

「君の相棒を連れてきたよ。これでまた仕事に戻ってもらうからね」

修子はまだ呆然とその人を見ていた。背も高ければ組んだ足も長く、モデル以上の美しさがあった。そして相川に肩を叩かれ修子は我に帰った。

「藤田くん、君が一緒に仕事をする相棒だよ。自己紹介をしようか」

小学生に話しかけるように(実際ナリは小学生だが)相川は言った。ちょっとその扱いに腹を立てながらも上司の命令なので修子はマジメに自己紹介した。

「藤田、修子です。よろしくお願いします。」

ちらりとそのひとは修子を見、タオルドライの手を止めてタオルを首にかけた。無造作に揺れる髪が妙に艶かしかった。しかしそう思うのはそこまでだった。

「部長、こんなちっちゃい子が相棒なんですか?」

「ち・・・ちっちゃい!?」

相川は相変わらず笑いながら

「そうだよ、腕は私が認める。安心したまえ」

「本当ですか~?」

信じられない、とその人は修子を見た。修子はバカにされたと同時に何か違和感を覚えた。何かがおかしい。

「ほら、瀬戸君。自己紹介」

しょうがないな、とその人はソファにふんぞりかえったまま言った。

「瀬戸、直樹だ。よろしく」

「へ。」

修子は思わず口をあけた。それをみた相川が

「瀬戸君はああみえても男なんだよ」

「ええええええええええ!!!??男ぉ!?うそだぁ!!」

「初めて見る人はみんなそうやって驚くんだよ。」

そうさ、と瀬戸が頷く。

「そう、私があまりにも美しいから驚くのだよ!」

「瀬戸くーん、美しいからじゃなくてそのナリが男に見えないから驚くんだよ」

その相川のつっこみもむなしく瀬戸は自慢げに髪を後ろへとやった。

(ど、道理で声とみかけが合わないと・・・しかしこいつはきっと)

相川はぼそっと修子につぶやいた。

「藤田くん、瀬戸くんはナルシストだからしょうがないんだ」

修子が心で結論を出す前に相川が肉声で結論をくれた。修子は大きく頷いた。

「そういうわけで瀬戸くん、藤田くんにいろいろ教えてやってくれ。」

「はいはーいわかりましたよー」

かなり投げやりな声で瀬戸は返事をする。一方修子は、こんな奴と仕事をするのか、とかなり暗い気持ちへと落とされていた。

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