ファイル2 相棒4
修子はおとなしく瀬戸の歩くがままにその後をついていった。瀬戸の紫紺のマントが「あの世」の灰色の空となじんで翻っている。修子はあれだけ動きにくそうな服装をしているのに相当な速さで歩く瀬戸を感心して見上げた。
「死神省に何をしに行くんだ?」
「犯罪者の所へ直接いく転送装置へ行く。下界で言うエレベーターみたいなものだ」
「直接?その場所に行けるっていうのか?」
「百聞は一見にしかず。見ればわかるさ」
やがて、二人は死神省の大きなレンガ造りの建物の前に着いた。修子は改めてあの世の中央機関の建物を見直した。随分と立派で、しかもモダンな作りになっている。一体誰の趣味なんだろう、と思いながらまだまだ歩いていく瀬戸のあとを追った。死神省は結構な大きさでなかなか建物にたどり着かない。
「転送装置はな、悪霊対策本部の部屋の前にある。悪霊対策本部は建物の1階、正面から見て一番左端。本当は正面玄関から入ればいいんだが、裏口から入ればすぐだからな。そっちに回ろう」
「はしっこ……」
修子は建物の左端を見つめた。見つめたところで、規則的に並ぶ窓があるだけで、他の部分と何の変わりもなかった。瀬戸は正面玄関を過ぎ、建物の果てへと進んでいく。やがて、裏口らしき所にたどり着いた。建物の裏側にぽつん、とまさしく通用口といった小汚い扉があった。きしんだ音を立てそうな木の扉である。瀬戸はドアノブに手をかけると、扉を手前に引いた。音は意外にもたたなかった。瀬戸が先に入り、修子もあとに続く。中は薄い緑色の光沢のある廊下で、照明は必要最低限のみついておりほの暗い。そして人通りはない。
「へぇ……こんな風になっているのか。市役所みたいだ」
「役所だからな。一応」
「一応ってなんだよ」
「悪霊対策本部勤務の奴はあまりこの建物に来ないからな。皆、自宅待機か仕事中だ。別だって集まることもないし…思いついたらやるが」
「思いつき」
なんていい加減なんだ、とあきれながら修子はまだ廊下を歩いていく瀬戸についていった。確かに人の気配はあまりなく、二人の足音だけが響いている。しばらくすると、エレベーターの扉のような物が目に入った。修子が思ったとおり、瀬戸はその前で止まった。
「これだ」
そう言って瀬戸は扉の隣にあるボタンを押した。下界と違う所は、ボタンが一つしかないというところだった。扉はまさしくデパートのエレベーターのように左端から音も立てず、優雅に開いた。修子の目の前にごく普通の箱の内側が目に入る。どこからどうみてもエレベーターだ。瀬戸はその中に入る。修子も続く。二人が乗ったのを確認しエレベーターは自然に扉を閉めた。修子は箱の中で辺りを見回す。階数表示の様子が違う所以外は普通の内装だった。
「手帳を出すんだ」
修子は自分の手帳を瀬戸に差し出した。瀬戸はマントの裾を左手で押さえながら受け取ると修子の手帳を壁にある液晶画面にぺた、と貼り付けた。すると声が箱の中に響く。
「乗員の確認をします。藤田修子。もう一名確認できません。手帳を提示してください。」
「おお!?なんかすげー!」
驚く修子を無視し、瀬戸は自分の手帳も液晶画面につける。
「乗員の確認をします、藤田修子、瀬戸直樹。以上でよろしければOKボタンを押してください。行き先を表示します」
瀬戸は修子に手帳を返した。
「こうして、転送装置に自分の情報を渡す。そうすれば勝手にこれが割り当てられた仕事の情報を探し、仕事場に連れて行ってくれる、というわけだ」
「へぇ~、すっげぇ!超進んでる!!」
「で、こうやって行き先が示される、と」
瀬戸は液晶画面を指差した。修子が覗き込むと、そこには仕事場の場所と犯罪者の数(霊の数)犯した罪などが書かれていた。
「場所が書かれてもなぁ、あんまり意味がない」
「どうして?」
「場所がどこであろうと、私たちの仕事は犯罪人、下界で言う悪霊を捕まえるだけだからな」
「そうか、そうだな」
妙に納得して、修子は頷いた。
「さぁ、行くぞ。転送時間はわずかだ。確認ボタンを押すとすぐにつく」
瀬戸はそう言って液晶画面にやさしく触れた。「転送します」と音声が流れ、箱がかすかに揺れた。しかしそれ以外に何の音もしなかった。30秒もたたないうちに、エレベータの到着音、「チン」と音が鳴り、また箱がかすかに揺れる。
「音だけはレトロだな。これでついたのか?」
「そうだ。あー……まぁ最初だから言っておくけど、一歩出れば悪霊どもがいる。奴らは私たちが強制的に天界へ送る仕事だと本能的にわかるからな。一応気をつけることだ」
「ああ」
修子はごくり、とつばを飲んだ。瀬戸は表情を変えずに液晶画面の下にある「開く」ボタンを押す。扉が音を立てずに開いた。外は暗いのか周囲はよく見えない。
「夜?」
「だいたい仕事は下界の夜にする。昼にすると普通の人間に見られたりしてややこしいこともあるからな」
瀬戸は無表情で扉の外に出た。修子も続く。二人が出たのを確認して扉は閉まった。そしてそのまま二人が今出てきた扉は闇の中に溶けて消えてしまった。
「と、扉が消えたけど?帰れるのか?」
修子は不安になって瀬戸に尋ねた。瀬戸は相変わらず無表情でいた。修子は仕事前だから集中しているのだ、と勝手に思った。
「仕事が終われば呼び出す」
「ふぅん?で、どこにいるんだ?悪霊」
「その前に、結界をはる仕事がある。私の言ったとおりにやってくれ。」
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