バナナの色は■色

浅川さん

バナナの色は

「バナナって黄色いやんな?」


 下校途中、二人で歩いているときに、突然友人のナオコからそういわれトモミは驚いた。


「え、そりゃそうでしょ。何よいきなり。ついにボケたの?」


「いやあ、最近記憶があやふやで………て、ちゃうわ!ボケはあんたや!」


 いつものノリツッコミにトモミは安堵した。


「なーんだ。で、どうしてそんなことを?」


 トモミがそう聞くと、ナオコは少し考える素振りをした。


「うーん、なんかふと疑問に思ってな。ウチが見てるものと、トモちゃんが見てるものって同じなんかなって」


「うーん?」


 トモミも首を捻る。


「いや、普通バナナって黄色いやん。まあ、厳密には熟れる前は緑だし、熟れすぎると黒っぽくなるけど、よくイメージするバナナってやっぱり黄色やろ?」


「まあ、そうだね」


 トモミは頷く。


「でもウチの知ってる黄色って、本当に黄色なんかなって思ったんよね」


 ナオコは腕を組みながらそう言った。

 トモミは頷く。


「なるほど、これは重症ですね。お薬増やしときましょう」


「せやから、ボケとらんわ!」


 ナオコのツッコミは気持ちがいい。

 トモミは笑った。


「嘘嘘、ごめんね」


「いや、ナイスボケやったで」


 ナオコはピースした。


「………それで、色の話だっけ」


「そうそう。まあ、色に限らへんねんけど。ウチの見てるものと、ほかの人が見えてるものって一緒なんかなって」


「一緒なんじゃない?」


 トモミがそう言うと、ナオコは腕を組んだ。


「せやけど、それって証明できるんか?」


 トモミは少し考える。


「………できないよね」


 トモミがそう言うとナオコは頷いた。


「そうなんよなぁ。いやね、この前弟とお笑い番組見ててな。アイツ、ウチがクソおもんなって思ってるコントで腹よじれるほど笑ってたんや。その時は「こいつのツボおかしいやろ」って思ってたんやけど、なんか世間でも評判良かったみたいでな。その番組、登場した芸人の面白さで順位つけてたんやけど、そのおもんなコンビが二位やったんや」


「ほうほう、なるほど。それで自分のお笑いセンスを疑い始めて、そのまま考え続けていった結果、バナナの色を疑うに至ったと」


 トモミがそう言うと、ナオコは満面の笑みになった。


「そう!そういうことなんよ!ようわかったなぁ!」


 親友に自分の考えがわかってもらえてうれしかったのだろう。ナオコは大層喜んだ。

 トモミの肩を抱きかかえるようにして「あっはっはっは!」と豪快に笑う。


「うん、まあ、どうしてそうなったかは分かったけど、一言言っていい?」


 トモミがそう言うと、ナオコは自分の胸元に手を当てた。


「おう、どんとこい」


 トモミは軽く息を吸って、はっきりと言った。



「アホでは?」


「やかまし!」


 ナオコのツッコミが瞬時に炸裂した。


「しゃーないやん、気になってしもたんやから!え、むしろアンタは気にならんの?」


 信じられないというふうにナオコは言うが、トモミは肩をすくめる。


「全然」


「うーわ、おもんな」


 ナオコはすぐに不機嫌になる。表情豊かだなぁと思いつつトモミは話を続ける。


「だってさ、見えてる色が違ったとしても、その色が黄色って名前だとお互いに思っていれば会話は通じるわけじゃん」


「まあ、そうやな」


 ナオコがうなずく。


「じゃあ、それでよくない?」


「………えーと、よくない?っていうのは……つまり?」


「だから、別に見えてるものが違くても、同じ認識で話ができるなら問題ないんじゃない?ってこと」


 トモミがそう言うと、ナオコはまた考え込んだ。


「………同じ認識かぁ。でも本当に同じ認識なんかな?」


「違うかもね」


「せやろ?そこが気になるんやわ」


「でも、そういうものじゃない?人間て。みんなバラバラの記憶とそれに基づく思考があってそれぞれバラバラのコンデションで生きてる。同じだと思い込んでいるけど、それは錯覚しているだけかもしれない。でも錯覚しているからこそ、認識のずれを無意識に補正してコミュニケーションが取れている………のかも」


「ほおー」


 ナオコは感心したような表情をした。


「終始ボケ倒すアンタがまじめなこと言ってるの久しぶりに見たわ」


「まあ、私こう見えて期末テスト学年5位なので」


「イヤミな奴やなぁ………」


 ちなみにナオコは189位だ。


「まあええわ。なんかちょっとすっきりしたし」


「なら良かった」


 二人はいつの間にか商店街に差し掛かっていた。もう少し先に駅があり、いつもそこで分かれる。


「あ、見てみ!」


 その時ナオコが声を上げた。

 トモミがナオコの指さす方を見ると、そこは老舗の八百屋だった。店頭には様々な野菜や果物が並んでいる。


「ほら、バナナや!」


「いや、サルじゃないんだから………」


 喜ぶナオコを笑いつつ店頭の一角に視線を移す。



 そこには確かにバナナがおかれていた。

 ただしそれは、



 あれ?と思う。強烈な違和感。


「バナナはやっぱり黄色やな!」


 ナオコの声が聞こえる。

 ああそうか、あの色は黄色だったよね。

 そう思った瞬間違和感は解けるように消えた。


「もう、あまり騒がないでよ。恥ずかしいじゃん」


 そんなことをいいつつ、トモミは空を見上げた。

 が屋根の隙間から覗く。


 あれ、こんな色だっけ。

 一瞬疑問に思うが、すぐに思い出せなくなる。


 トモミは目を擦ってから、ナオコの方を見た。


「どうしたん?」


 がナオコのような口調で言葉を発する。


 トモミはもう一度目を擦った。


「ゴミでも入ったんか?」


 いつものナオコがそこにいた。


「………ごめん、今日は帰るね」


 トモミはそういうと走りだした。

 本当の世界がどうであろうと、認識のフィルターがあるならば関係ない。皆んな同じ認識なのであれば、それはもう一つの真実と言えるからだ。

 世界は認識というフィルターで覆い隠され形を保っている。誰からも同じ形、同じ色で見えているとすることでコミュニケーションが取れる。

 では、フィルターが剥がれたらどうなるのか?本当の真実を直視したとき、人類は正気を保てるだろうか。

 わからない。答えはない。知りたくもない。


「えー、まってよー」


 追いかけてくる声を振り払いたくて、トモミは踏み出す足を早めた。


 知らないほうが良いこともある。これはそういう類の話。



 完

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バナナの色は■色 浅川さん @asakawa3

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