トリあえず。

メイルストロム

とりあえず、やってみること

「とりあえずはこれで……良い、のか?」

 仕上げた人形を持ち上げた途端、言いようのない不安に襲われてしまった。別に球体関節人形めいたモノを作っている訳でもないし、座位と立位でイメージが違うなんてのはよくある事だ。

 …………よくある事なのだが、なにか気持ち悪い。

 壁掛け時計がほんの少し斜めっているのに、誰も気にしていない。そんな現場に出くわした様な気持ちの悪さなのだ。しかも厄介な事に原因となる場所が発見できないのである。

 こうなってくるともう最悪という他ない。原因も判らぬまま直せば別の不具合が生じてしまうし、今更放置するなんて事が出来ると思うのか? 

 と言っても、こうなってしまった以上は放置する他ない。師匠からも『違和感を言語化出来ないのなら手を出すな』と厳命されている。厳命されているのだが、気になるものは気になるのだ。


「────………………うん。飯を作ろう」


 作りかけのソレは一先ず放置。本音を言えばそんな事をしてる時間すら惜しいとは思う。だがこんな精神状態では上手くいく物も上手くいかない事も解っている。わかっているからこそ、趣味に走るのだ。

「──夜食ですか?」

「まぁそんなとこですよ……っと」

 手首のスナップを効かせ、中華鍋を振るっていると師匠がやってきた。ぶっちゃけ大事なタイミングなので放っておいて欲しいのだが、向こうは興味があるらしい。拳2つ分という絶妙な距離を置いて横に立ち、そこから微動だにしないのだ。

「作っているのはジャンバラヤですか」

「そうっすよ。だいぶ我流ですけど」

「鶏肉には下味を?」

「勿論ですよー。塩麹に浸けて、余分な水を切ったらシーズニングをまぶして一晩漬け込むとクソ美味いんですわ」

 火の通り具合を見ながら味を整え、皿を2つ分用意した辺りでディオレがやってきた。なんでも良い匂いがしてきたから来たとの事で、ちょいと小腹が空いているとか。

 ……正直言って嫌だけど、ここで一人除け者にするのは流石にアレだ。大人気ないにも程がある。

「それにしても意外ですねェ、貴女が料理好きだったとハ」

「よく言われる……で、量はこんなもんでいいか?」

 二人分を取り分けた後、自分の分を残してタッパーに詰める。招かざる客が現れたことで、想定よりも多く消費してしまったが許容範囲内だ。ガチの作り置きをしていたわけでもないし、たまにはこういうのも悪くはない。



「とても美味しいです」

「そりゃ良かった」

「二人共辛い物好きなんですねェ……牛乳貰えますス?」

 面倒臭いとは思ったが、位置的に私が一番冷蔵庫に近い。注ぎ終えたタイミングで「レンジで数秒温めて貰えますカ?」という謎の注文をつけられた。なんでも冷たい牛乳だと、辛味が余計に強く感じられてしまうのだとか。


「ところでヨル。どうしてあの様なものを作ろうとしているのですか? 畑違いなのはわかっているでしょうに」

「試してみたくなっただけですよ。この間師匠がやってたアレを見て、応用できそうだと思ったんです」

「やってみてどうでした?」

「言うは易し行うは難しって感じですよ」

 言葉だけで説明するのは難しいので、それなりの形に仕上げたモノを師匠へと見せた。オオルリという鳥を手本に仕上げたモノだが、やはり違和感が残る仕上がりだ。その違和感は師匠も感じているのだろうか、手にしたソレを様々な角度で観察している。

 そうして眺めること数分──

「造りは悪くありません」

「……え?」

 かけられたのは意外な言葉だった。てっきりボロクソ言われるのかと思っていたのに、どうして?

「これが幸せの青い鳥──オオルリを基本にしているのはわかります。ですが貴女は、オオルリを完全に模倣しようとしてこれを作った訳ではない。そうですね?」

「そう、ですけど」

「恐らくはソレが違和感の正体です。写実的な部分と貴女のイメージ──……想像と現実の不調和を均さずに作り上げた結果が現れたのでしょう。縫製技術と配色の出来が良い分、勿体ないとすら感じてしまう」

 眺めていたソレを机に置き、師匠はメモ帳を開くと迷いなく何かを描いていく。数分後、何かが描かれたページをちぎって手渡してきた。

「余計なお世話になるかもしれませんが、ソレをもう一度造るのであれば参考にしてください」

「…………ありがとう、ございます」

 描かれていたのは鳥の骨格と比率の計算式と言ったもの。設計図そのものを手渡してこないのは正直ありがたい。私は魚が欲しいのではなく、魚の釣り方を教えて欲しいのだから。

 鳥人形とメモを手に席を立とうとした瞬間──

「──とりあえず。そういう気持ちでも良いから完成させたのは良い心がけです。以前の貴女なら、仕上げずに解体していたでしょう?」

 相変わらず痛いところをついてくる。初めの頃は確かに師匠の言う通り、気に入らないモノは仕上げずに解体してしまっていたのだ。出来の悪いものは見られたくない、知られたくないなんて言うつまらないプライドを持っていたから。

「……そうですね。前の私なら、確実にバラしてました」


 ──とりあえず試してみる。

 ──とりあえず終わらせる。


 たったそれだけと言えばまぁ、そうなのだろう。けどそんな選択肢を選べるようになっただけ、私も成長しているということなのだろうか?


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