トリ和え酢

九十九 千尋

鳥展開


 同級生の本の虫のY子がある日、学校の天文台の入り口に皿を置いていた。俺はY子に何をしているのかと聞いたが、Y子曰く。


「トリ和え酢を作ってます」


 トリアエズを作る、とは?

 俺の顔にそんな疑問が書いてあるのを見越したのか、Yは瓶底眼鏡を中指で整えて答える。


「トリを知っていますか? S山君」

「鳥? 野鳥の? いやなんの鳥?」


 Y子はどこかを見ながら、むしろY子が疑問を呈した。


「何の鳥なんでしょう? トリって」

「誰に聞いてるんだ? どっち向いて聞いてるんだ?」


 Y子が俺に向き直る。そして続けて妙なことを口走り始めた。


「私、この間、『鳥でも美容に気を使って御酢を浴びると良い』ってことを書いたんです。そこでこうして御酢を皿に入れて放置しています」


 どこから突っ込んでいいのか解らなかったため俺はフリーズした。

 その一瞬のフリーズの間に彼女は続ける。


「すなわち、トリだって美容と健康を気にして良いはずなんです。ところが世のどこにも鳥のための美容はあってもトリのための美容はありません。そこで私は考えました。トリの目に入る場所でインチキ美容法を唱える、さすればそれすなわちトリの召喚に他ならないはずであると」

「おい、突っ込みをしなかった間に突っ込みを入れるべき場所を増やすな」

「トリに会うためには仕方が無いんです!」

「お前絶対この後『トリ、会えず』って言うための伏線だろそれ!?」

「やだ、S山君、空気読めない」


 そんなことを言って御酢が入った皿から目を逸らしている隙に、何かが御酢の皿の中にドングリを落として飛び去って行った。その姿を目の脇でしか捕らえられなかったが、野鳥にしては丸すぎ、梟にしては小さすぎる、一瞬しか見えなかった何かが“トリ”だったのだろうか。

 ともあれ、その何者かによって皿は蹴散らされ、皿の中の酢が地面にぶちまけられた。Y子はそれを滑り込むように両手でキャッチしようと試みて失敗していた。

 皿にはドングリとほんのわずかな御酢が入っているだけであった。


「ふっ、できるな、トリ。だがお前の大事なドングリは頂いた! 返してほしくば姿を現わせぇ!」


 空に向かって吼えるY子から俺は無関係を他所って距離を置こうとした。

 ふと、俺の脳裏に疑問が浮かんだ。なんで俺はY子と接しているんだろう。

 その瞬間、俺を何かが爆音と共に力強く突き飛ばした。Y子も学校の校舎も宙を舞った。

 俺は思わずY子に手を伸ばした。何としてでも、彼女の手を取らねばならない気がしたのだ。だが、俺の手は宙を掻いて何も掴まず、直後に何かに頭を打って俺の意識は消えた。




 突如何の脈絡もなく、俺たちから遠く離れた場所に隕石が落ち、世界は終末に包まれた。

 何を言ってるか解らないと思うが俺にも解らない。

 俺たちは学校の天文台が盾になったことで難を逃れられたらしい。らしいというのは、俺はとかなんとからしい。


 どこか見知らぬ殺風景な病室で俺は目覚め、知らない大人から事態の説明を受けた。知らない大人、K島と名乗った男の人はいたって真面目な顔で冗談めいたことを口にする。


「S山くん、君が見たトリに、今世界の存亡がかかっているのだよ」


 なんだ、ここはY子の脳内だったか。

 俺はK島さんを無視して寝ようとする。が、K島さんが俺の耳を捻り上げて無理やり起こして来る。


「二度寝している場合か! 外宇宙生命体チョクダ・メデスに対抗するには、トリのDNA情報が我々人類には必要なのだ!」

「痛いって! まず放せって! というか何のドッキリ?」

「ドッキリではない。これは実演だ!」

「言いたかっただけだろあんた」


 俺はふと疑問に思って周囲を見渡す。Y子の姿は無い。


「あの、Y子は、一緒に居た同級生はどこに行ったか分かりません?」


 K島さんは俺から目を逸らした。そして沈黙し、肩を震わせる。

 まさか、まさか……?


「Y子博士は非常に優秀なトリ研究者だったことは、我々の間でも広まっている」

「Y子博士? いや、というかなんだかそれだと、その、Y子は……いや、さっきまでギャグ路線だったじゃないですか!? 急にそんな」

「S山くん、君に大事なことを伝えねばならない」

「そんな、いや、Y子と決して仲が良かったわけじゃないんですけど……いや、仲良かったのか? 友達のような? 友達だとどこか嫌なような?」

「君は寝ていたのではない。死んでいたのを蘇生されたんだ!!」


 K島さんは、病室のカーテンを開ける。するとそこには、縦横無尽に走り回る空飛ぶ車たちに、地面の見えぬ摩天楼ばかりの大都市。文字通りの近未来の世界が広がっていた。


「君たちが生きていた時代より、およそ二百年が経過している。君は遺伝子凍結型コールドスリープによって今の時代に来た、二百年前の人間だ」


 俺は声にならない声で叫んだ。そして、もつれる足で窓に近づき、外で広がるSF空間を見た。


「君たちが生きていた時代、突如として遥かメデス星からの侵略者、チョクダ・メデスがやってきたのだ。地上に奴が接する際のインパクトにより地球の地軸がおよそ三度ずれ、世界は未曽有の危機に陥ったのだ。その際に地球は多くの地球外生命体の注目を集めることになり、我々宇宙連合は地球を舞台に日夜戦争を繰り広げている」

「ちょ、超展開すぎるだろ!?」

「しかし、チョクダ・メデスの攻勢は著しく、我々の物量と技術力をもってしてでもじりじりと押されている現状だ。我々は調べた。現状を変えられる方法を! そして君の同級生でもあったY子博士の文章に行き着いたのだ!」


 俺は急にY子の名前が出たことで少し冷静に成った。


「いやところで、Y子博士って?」

「Y子博士は、謎の生物であるトリに関して文章を残していたのだ」

「え……あ、はい」


 凄まじい勢いで嫌な予感がした。

 K嶋さんは力強く、自信満々に真顔で怪文書を口にする。


「どき★お酢和え美容法! 世の中のトリの多くは御酢による沐浴でお羽ぴかぴか! 今時お酢和えになってないなんて遅すぎる! トリのための美容法特選!!」


 もちろんセンターブルで的中した。

 頭を抱える俺にK島さんはいたって真面目に力説する。


「いいかね? チョクダ・メデスの強固な外骨格プライマルアーマーを多次元移送パルスを用いて超振動を起こし赤方偏移世界にシフトジャンプしながら破ることによってコア世界の因果律を用いてエントロピーの法則に縛られないチョクダ・メデスの本体にディラックの海を越えて直接アウフヘーベンを叩きつけることが必要なのだ!」

「ん~なんて??」

「チョクダ・メデスの強固な外骨格プライマル」

「そういうことじゃない。言い直さなくていい」


 頭を色んな意味で抱える俺の肩を力強く握りながら、K島さんは続ける。


「つまりだね、トリのDNAが有れば、チョクダ・メデスへのリーサルウェポン……この二百年戦争の終止符が打てるということなのだよ!! そのためには、地球で唯一生きのこったトリ目撃者である君の協力が不可避ということだ!!」


 いやあの、Y子がトリなる物を捕まえるためのデタラメ文章でなぜこんなことに??

 K島さんは眩暈を覚えて気絶しそうな俺に告げる。


「そしてついに! トリを我々は捕獲したのだ!」

「え、あ、はい。え? 捕まえたの?」

「……したのだが、問題がある。そこで、二百年の眠りより君を目覚めさせるに至ったのだ」

「ど、どういうこと?」




 K島さんに連れられて、何十人もの人ではないが言葉を話す異星人の黒服たちに囲まれて俺は場所を移される。

 そうして、妙に御酢臭い、だだっ広い部屋に通される。そこには、大小さまざまな鳥類や鳥類らしい生き物、明らかに鳥類ではない者など様々なモノが透明なケースに収められていた。

 トリを捕まえたが問題があるとのことだったが、その問題に関して何も教えられずにここまで来てしまったものの、なんとなくその問題が解った気がする俺を、その部屋に招き入れ、トリらしきモノたちを俺に一巡見せてくる。

 そしてK島さんは、いや、取り囲む黒服宇宙人たちは俺に向き直る。


「お願いだ! いや、お願いします! S山くん! 力を貸してくれ! どれが、本物のトリなのか、それを我々に教えてほしい!!」


 そういうことかぁ。


「え、あの、いや、トリが本物かどうか、俺の記憶で照合しろってことですよね? 無理! いや、俺一瞬しか見てなくて、というか姿形まるきり……」


 周囲からの刺さる様な視線を感じ、俺は押し黙る。思ったより周囲の人らがマジらしい。覚えてませんと言いきったら殺されそうな勢いだ。

 俺は言葉を絞りだした。


「じ、じかんを、ください。おもいだします」




 とはいえ、全然覚えてなどいない。

 なんか、丸いような小さいような鳥のような違うような……そもそもトリってなんだ。御酢を本当に浴びに来たのか? それ以前にY子の怪文書に釣られて美容を気にする鳥類って何? 文章が読める段階で鳥じゃないよね??

 俺の疑問を察してか否か、K島さんが俺に見せたいものがあると言って、手の平に丸い小さな機械を乗せて見せてくれる。それが青白い光を放ち、SF映画の様にホログラムを映し出した。

 そこには、少し年老いたY子が居た。


「ああ、ようやく起きたのねS山くん。ちなみにこれは異星の技術を用いて作り出したホログラムAIよ。私の知識を詰め込んであるけれど、決まった人の決まった応答しかできない」

「なんだその扱いにくい造りは。世界の危機なら誰にでも情報開示しろよ」

「駄目よ、それじゃ詰まらないじゃない」

「詰まる詰まらないで俺は今まさに死にそうなんだが!?」

「その言葉に応答する術を持っていないわ」

「文句ぐらい言わせろよ!?」

「その言葉に応答する術を持っていないわ」

「それすごい便利な逃げ文句だなおい」

「その言葉に応答する術を持っていないわ」


 俺は徐々にイラつきを覚えた。


「RPGの村人みたいな応答になっちまった……」

「言うと思った」

「おい、そこはちゃんと反応するのかよ。ってか解ってたならなんでこうしたんだよ」

「その言葉に対応する術を持っていないわ」

「……」


 俺はK島さんに「なんでこんなものを?」と視線で訴えた。

 K島さんは機械に優しく告げる。


「Y子博士、S山くんへのメッセージは?」


 少し時間を置いて、機械は映像を流し始める。


「S山くん、偶然とはいえ巻き込んでしまってごめんなさいね。私、実は宇宙人だったの」


 こんな事態になっていなければ到底信じられない告白だなぁ。


「私たちバズ星の住人は簡易な未来予知ができる。と言っても断片的に。予知に従い、私はあの日あのタイミングで何としてもトリを捕らえる必要があった。その後、メデス星からの侵略があることを予見していたから。と言っても確証はなかった。ただ、トリを捕まえるのか、トリを見るだけで良いのか、とにかくトリと会う事でその後の地球が変わると予見していたの」


 映像の中のY子は椅子に腰を下ろし、ため息を一つ。


「でも実際は、あなたを二百年後に送るのが私の本当の使命だった」


 Y子は穏やかな微笑みを持って俺を見る。記録装置の向こうの、今の俺を見る。


「あなたとトリの間に芽生えた縁が、メデス星からの侵略者を止めるトリガーになる。そのための、あの日、あのタイミング」


 そして、少し涙ぐんだ目で小さく首を振る。


「本当は、私が二百年後まで残るべきだった。それが良かった。でも、でもね……私、あなたに生きて欲しかった。例え、それがあなたに理不尽な世界を見せることになろうとも」


 少し俯き、彼女は聞こえないぐらいの声でつぶやいた。


「ごめんなさい。世界の命運を、あなたに託してしまった」


 俺は思わず、思ったことを口にした。


「いや、違う。違うよ、俺は……確かに託される気も無かったけど。でも、それをY子が気に病む必要なんてない。二百年、お前がどうして俺を生かそうと思ったのか。俺に生きていて欲しかったって、それって……どうして俺だったんだよ」

「メッセージを停止。応答します。……その言葉に対応する術を持っていないわ」

「おいいいい!!!!」


 ついメッセージを緊急停止してしまった。


「なんでだよ! つい感傷に浸ってたらめっちゃすごい勢いで現実に引き戻すじゃんってかそこは応答用意しておけよぉ!!」

「その言葉に対応する術を持っていないわ」

「ふざけんなばーか! ばーか!!」

「馬鹿って言った方が馬鹿よ」

「そこは応答用意してんのかよ!!」


 俺は少し呆れ気味のK島さんにメッセージの再度の再生をお願いするかどうするか悩んだ。

 そんなところに、異星人の黒服が部屋に駆け込んで叫ぶ。


「ヤバいぞ! メデスの奴らにS山の存在を気付かれた!」


 K島さんを始め、多くの黒服が俺を取り囲む。

 K島さんが俺に言う。


「君をチャンバー室へ移送する! 君にトリガーを任せる。早くトリを! 本物のトリを選べ!!」

「選べったって……!」


 外から何かが割れるような音、発砲音、悲鳴、何かがぶつかり合う音などがする。まさに映画さながらの光景と共に部屋が揺れた。

 得体のしれない何かが、身の危険が、確かに迫っているらしい。

 ケースに収められたトリらしきモノたちが暴れる最中、俺は記憶を探る。探り探って僅かに視界の端に映った姿に一番近い物を選択する。

 それは丸い、梟のようでもありボールのようでもある、いささか鳥類としては羽が小さい存在だった。


「こ、これ?」


 俺が指さすより前に、K島さんがその存在をケースから取り出し、それを俺に投げてよこした。よく見ると、同時に先ほどのY子の映像が出る小さな機械も投げてよこしてくれていた。


「この先にチャンバー室というのがある。そこで、空のシリンダーにトリのDNAを入れて、目標をセンターに入れてスイッチを押せば全ては解決する!!」

「さらっと今ネタをぶち込んだでしょ!? じゃない! 思わず突っ込んでしまった! いや、どういうこと!? Y子に聞けばいいの!?」

「行けぇ! 行けば解る!!」


 俺はK島さんに押し出されるように、部屋から追い出された。部屋からは戦闘音と雄たけび、悲鳴、銃声……得体のしれない何かの咆哮が聞こえる。

 俺は部屋から離れ、とにかく廊下を駆ける。どこにチャンバー室なるものがあるかも知らずに走った。Y子に聞けばよかったかもしれないが、正直期待していなかった。

 しかし運よく、あるいは導かれるように、俺はチャンバー室なる場所へたどり着いた。俺はY子のホログラムが入った機械を起動しようと撫でてみるが一向にスイッチのような物が見つからず、思わず拳で叩いた。


「痛いじゃない。叩かないで頂戴。なんて、私に痛覚は無いのだけど。これ一度言って……」

「それどころじゃない! チャンバー室の使い方はどすれば?」


 また「その言葉に対応する術を持っていないわ」と飛んで来たら機械を踏みつけてやろうかと思っていたが、Y子は冷たい声で言い放った。


「チャンバー室に入ると左手にガラスのような筒があるはず。そこにトリのDNAを入れて頂戴。トリそのものが入らない大きさなら血の一滴でも構わない。検知したら装填は機械が後は勝手にやってくれる」


 俺は声を聴きながらチャンバー室の中に入った。そのガラスの筒のような物はすぐに見つかった。だが、何より右手にある巨大な黒い大砲が目に留まる。そこから何とか視線を引きはがし、すぐさま、トリらしき生き物の尻の毛をむしり、筒の中に落とした。トリらしき生き物は奇怪な鳴き声と共にチャンバー室から逃げ出したが、それどころではない。

 Y子が続けて不穏なことを口にする。


「ただし、それ以降はあなたがやる必要がある。安全のためにトリガー、つまり引き金は人が引く必要があるの。チャンバー室の右手に巨大な黒い砲台があるはず。その根元に乗り込むことが可能なはずよ。乗り込んで」


 俺は恐る恐る大砲へ近づき、言われた通りに小さな隙間から身をねじ込んで、座席と思わしき場所へ腰を下ろした。

 大砲はまるで息を吹き返す様に様々な謎の表示を宙に表し、座席は変形し、さながらロボットアニメのコクピットの様に、文字通りのトリガーが付いたコントローラーを俺に「握れと」言わんばかりに差し出して来る。

 目の前に先ほどのチャンバー室の映像が映し出され、よく見るとシューティングゲームなどで見るロックオンサイトのようなもの、レティクルまである。それにこたえるようにY子が言う。


「いいわ。その調子。その映像は砲台から見た外の景色。本当は変形ロボとかにしたかったんだけどね。後はFPSだとかそういうノリよ。問題は、弾は二発しかないという事」

「二発? 二発あれば何とか……」


 と言ってる間に、チャンバー室へ入る扉をぶち破って、黒くテカリのある機械質な怪物が現れる。様々な物が寄り合わさって出来たような姿をしており、偶像的で抽象的で非現実な名状しがたき風貌の、黒より黒のどす黒いそれが、紙やすりで造った獣のような咆哮で吼える。

 そして、間髪入れずに俺の方へ直進してくる。

 俺はその存在を照準で捉え、間髪入れずに引き金を引いた。

 空を切って飛んでいく螺旋の衝撃が、得体のしれない非現実に当たる。すると内側から破裂するようにそれは消え、世界に平穏が戻った。

 かに見えた。


「失敗ね」


 Y子が呟いた。

 金属を打ち鳴らすような咆哮と共に、この世の汚濁を集めたような存在が息を吹き返す。より凶悪で醜悪で形容しがたき超現実の存在として、メデス星の駆逐者が立ち上がる。


「今ので解決じゃないの!?」

「おそらく、トリではなかったのよ。あれは」


 さっきの謎の生き物はトリではなかった。そんな気は、少ししていた。

 チョクダ・メデスが俺の乗っている砲台を殴りつける。砲台が大きく揺れる。虫籠に入った虫をシェイクするように、チョクダ・メデスは砲台を、その中に居る俺をもてあそんだ。


「なにか、なんか方法ないの!?」

「ないわね。あれはもうチョクダ・メデスを越えた存在になってしまった。いわば……シン・チョクダ・メデス」

「もうちょいマシな名前なかったのかよ!!」

「その言葉に対応する術を持っていないわ」

「ふざけんな!!」


 そんな中、振り回される俺のポケットから、何かが飛び出した。それは俺の目の前をスローモーションで通り過ぎる。まるで、俺に「もうこれしかない」と伝えるためであるかのように。あの日、確かにトリに触れていたであろう物が、俺の目の前に現れる。

 俺はそれを掴み、砲台のコクピットから転がり出る。


「Y子! 弾ってまだ作れる!?」

「あと一発、シリンダーがあるはず。錬成は可能よ」

「何だかわかんないけど行けるんだな!? じゃあ何とか攻撃方法ない?」


 俺は一心にシリンダーの方へ駆け出した。


「解った。シリンダーから直接攻撃可能なように、緊急プロトコルを遠隔起動。プランD『逆流水没プログラム』を起動するわ」

「名前からして緊急っぽいけど大丈夫なのかそれ!?」

「プランDによる攻撃は砲撃ではないわ。錬成した弾丸を直接相手にぶつける……」


 Y子ははっきりと述べた。


「自爆特攻よ」

「は?」


 俺は思わず足がもつれながら、背後から迫るおぞましい気配に走るのを再開する。

 迷う俺にそれを許さないかのように、目の前でシリンダーの機械から煙が上がり、表層がはじけ飛ぶ。中の緻密な機械が露呈し、暴露された機械が俺の到着と“旅立ち”を待っている。

 しかし選択の余地はない。背後からは怒涛の如く憤怒の化身が如き暴力が追いかけて来る。


「大丈夫よ。もしうまく行ったら、痛みはない。シン・チョクダ・メデスに捕まった方がずっと苦しむわ」

「そりゃありがたいね」

「S山くん……走って」

「走ってるよ!?」

「そうじゃないわ。トリはね、諦めない人が描く物語が大好物なのよ」


 俺は覚悟を決め、シリンダーに例の物を……トリが残していったであろう“ドングリ”を投入する。シリンダーの機械はそれを飲み込み、内部に取り込んで濃い空色の輝きと共に、大きく重い砲弾を作り出し、俺に取れと言わんばかりに差し出して来る。

 それを掴み、走る。元来た道を。その一時のために。

 黒い死そのものが、数多の触手を伸ばして俺に襲い掛かる。その猛攻を半ば偶然と共に避けて詰め寄る。もっと、しっかりと、この最後の一発にすべてを込めるために。

 そして、力強く、異星の侵略者に叩きつけた。



 その時、世界は光に包まれた……









 気がする。気がするというのは、俺は確認していないからだ。

 何せ次の瞬間には、目の前に青空が広がっており、俺は五体投地で学校の天文台の前に横たわっていたからだ。

 Y子が、あの頃の、いや、俺の知るY子が俺の顔を覗き込む。


「S山くん、急に気絶したので焦りましたよ?」

「Y子? シン・チョクダ・メデスは?」

「え゛、し、進捗は駄目では、ナイデス」


 俺は頭を振って起き上がる。何も起きていない。学校はそのままだ。空は青く、車は地を走り、摩天楼は並び立っていない。異星人は来ていない、みたい?


「トリは? えっと、Y子はバズ星人なんでしょ?」

「鳥? バズ? S山くん、もしやまだ夢の中ですな?」


 俺は自分の頭を掻きながら、リアリティのある夢だったと自分を納得させようと、今見た夢のような物をY子に話した。

 なんとなく、Y子は馬鹿にしないで聞いてくれるような気がしたからだ。


「それはなんとも……チョー展開、ですな? トリだけに」


 Y子はうんうんと頷きながら、どや顔をして俺に感想を言った。

 それに俺は苦笑しながら答える。


「ああ、結局『トリ会えず』、だったけどな」


 そんなバカみたいなやり取りをして、ふと俺は自分のズボンのポケットの中に何かがあるのに気づいた。


 ドングリだ。

 しかし同時に疑問がわいた。これは“あの時”のドングリなのだろうか? “あの時”のドングリはシリンダーに入れたはずだ。いやそもそも、メデスの侵略者が来た時、どんぐりはY子が持っていたのではないか? それでは、シリンダー室の砲台の中で手に入れたドングリはどこから……?

 直後、Y子がそのドングリをひったくる。


「あっと……やっちまったぁ」

「え? Y子?」

「んー、うまく巻き戻して有耶無耶にしようと思ったのに……」

「どういうことだ? 何が、まさか、のか!?」


 Y子が空を仰ぐ最中、空に一閃、白い線が引かれる。


「S山くん、設定齟齬そごです。すなわち、このお話はもう一度再走ということになります。大丈夫です、次は上手くやります。SFっぽいのはやったんで、異世界転生なんてどうです? 大丈夫、諦めなければ、必ず……必ず……」


 Y子はそう言っている間に涙を流し始めた。

 彼女の背後で、赤く燃える何かが地平線へと吸い込まれていく。


「必ず、あなたに、最高の物語明日を今度こそ……いってらっしゃい」

「待った、事情が解るようで解らないが……とりあえず!」


 今度はYこの手を握り、世界に今一度衝撃が訪れても俺は離さなかった。

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トリ和え酢 九十九 千尋 @tsukuhi

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