ことの真相
昼星石夢
第1話ことの真相
「あ、吉岡さん、こんばんは」
「あら、牧野さん。こんばんは。ほんと、急だったわねぇ。牧野さんも飯塚さんと付き合いがあったの?」
「はい、お嫁さんと」
「ああ、由佳さんね」
「吉岡さんも?」
「私は奥さんの、美恵子さんと。もう何十年にもなるわ。亡くなった旦那さんとも、話したことはあまりないけど、顔を合わせれば挨拶してくれて、柔和な人だったのにねえ」
「そうですか……。あの、香典って三千円で大丈夫ですかね?」
「うちは五千円だけど、大丈夫でしょ。若いんだし」
「すみません……。あ、喪主は
「そう。一人息子でねえ、若い頃の旦那さんとそっくり」
「美恵子さんは?」
「すっかり落ち込んじゃったみたいでね、仲良かったから。うちと違って」
「…………」
「あ、あそこ空いてるわ。牧野さん、隣」
「あ、ありがとうございます。由佳さんも、お義父さんとは仲が良かったみたいで。ああ、やっぱり落ち込んでみえますね」
「ほんと。美恵子さんと由佳さん、隣同士で座って、二人とも悲しそうだけど、お互いは磁石みたいね」
「――同じ極同士ってことですか?」
「そうそう。ふふ。あら、牧野さんも聞いてるのね? 由佳さんも大人しそうな顔して、陰では悪口言ってるのねえ」
「いえ、悪口ってほどではありませんでしたよ」
「いいのよ、悪口ぐらい言わないとね、私も美恵子さんからちょくちょく聞いていたもの、由佳さんの悪口」
「そう……ですか。あれ、あれって――」
「あら、飯塚さんの向かいの奥さん。あんな喪服ってどこで売ってるのかしら」
「相変わらず美人ですね」
「そうねえ。知ってる? あの奥さんの旦那さん、ニ十歳差らしいわよ。もちろん奥さんのほうが年下」
「あ、はい。おじい……旦那さん、見たことありますよ」
「ね。すごいわよね。飯塚さん、あの魔性の奥さんにあてられちゃったのかしら……」
「え?」
「――いえいえ、なんでもないの。それより、由佳さんが、美恵子さんが作ったササミと白ネギの和え物、いりません! って突っぱねた話、知ってる? ちょっとあんまりじゃない? 美恵子さん、自信作だったのよ。聞いたところによると、鶏肉アレルギーってわけでもないんでしょ?」
「ああ、それは由佳さんがヴィーガンだからですよ。動物好きで、だから、動物性の食品は食べないんです。あれ、でも、美恵子さんが棚に貼り付けていた付箋にレシピが書いてあって、そこにメモしておいたのに、って言ってましたよ。鶏和えず、って」
「え、まさか、トリあえず、のこと? 美恵子さん、落書きだと思っていたわよ、なにがとりあえずなのかしらって」
「あれま、そうだったんですね。あ、でも、由佳さんも、美恵子さんのレシピ通りに玉ねぎを美味しく食べる方法を試したら、ただのしょっぱい玉ねぎペーストになったって怒ってました」
「え、まだ理解していなかったの? 美恵子さんが教えた玉ねぎ麹のことでしょ? 書くときにどうしても、『工事』しか漢字が頭に浮かばなくて、そのまま書いちゃったけど普通わかるわよね? って言ってたわ」
「どうでしょう……ほら、その玉ねぎ麹の時期、飯塚さんのお宅の前で、電気工事があって、由佳さん、お義母さんはなんとなくその事を書いちゃったんじゃないかって言ってましたけど」
「違うわよお、そりゃ、麹を入れなきゃ、意味ないわよねえ」
「はあ。あ、でもわりと最近、意味がわかって、私に、『悔しい、リベンジしてやる』って言ってきて、しばらくしてきのこ麹を作ったらしいんですけど、それをお義母さんに食べさしたら、『帰っていいわ』って言われたって、半泣きでした。これはお義母さんが酷くないですか?」
「ああ! 聞いた、聞いた! 違うわよお、玉ねぎ麴より、『かえって、良いわ』という意味よ。そうそう、珍しく褒めたのに、鬼瓦みたいな顔してたって言ってたわ。ふふ」
「ええ、そうだったんですか? 由佳さん、実家に帰れって意味にとってましたよ」
「あら、そうは言うけど、由佳さんだって、亡くなった旦那さんの誕生日に、美恵子さんが作ったレシピに事細かく注意書きをして、デザートのみたらし団子にも、『後出しはダメ』って書いていたから一緒に出したら、物凄く怒って、部屋に戻っちゃったらしいじゃない。せっかく旦那さんの誕生日だったのに」
「あーー、それは、後出しはダメ、じゃなくて『あと、出汁はだめ』ですね。みたらし団子のタレが出汁の味が強くて気づいたみたいで。レシピにちゃんと書いたっていう写真、由佳さんに見せてもらいましたけど、全部平仮名で書いてあったんで、お義母さんが勘違いしてしまったんですね」
「あらら、そうだったの。ヴィーガンって出汁もだめなのねえ。でも、あの二人がもう少し仲が良かったらねえ。喧嘩の仲裁に美恵子さんが旦那さんを呼び出して、すぐだったらしいじゃない? 旦那さんが心臓発作で倒れたの。直前のラインのやり取り、美恵子さんに見せてもらったけど……こんなのが最後になったって――」
「ああ、飯塚家のグループラインですよね。私も由佳さんに見せてもらいました。最後なのに、お義母さんとの喧嘩で興奮してて、しっちゃかめっちゃかになってしまったって――」
「美恵子さんが、旦那さんに、ひとまず来て、って言いたかったのに、『ひとずまきて』って書いてて……」
「由佳さんが、お義母さんに、正しく言って、って言いたかったのに、『正に言った』って書いてて……」
「そうね――」
「……まさか――」
「え? なに?」
「いえいえ。ただの勝手な憶測です」
「なに。気になるじゃない。亡くなった旦那さんのこと?」
「はあ、まあ、そうですけど。――私、残業で遅くなることも多くて。ほら、駅前にホテル、あるじゃないですか、賑やかなネオンの……」
「はいはい、ホテル、ね」
「あそこから、旦那さんと、向かいの奥さんが出てきたところを、たまたま見てしまって――」
「ええ! 牧野さんも!」
「え、吉岡さんも?」
「私は、飯塚さんの向かいの家……あの奥さんの家から、旦那さんが出てくるところを、二階のカーテン越しに見ちゃって……」
「そうなんですか! え、じゃあ、心臓発作の原因って……」
「しっーー! お坊さん来た! とりあえず、この話はまたあとで……」
ことの真相 昼星石夢 @novelist00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます