03.絶対に王子の好感度を下げたい悪役令嬢
ある日の晩餐、珍しくお父様が口を開いた。
「そういえば、来週、エルゼント王子がこの屋敷にお越しになる」
「まあ、ついに……」
お母様は嬉しそうに声を上げる。
「くれぐれも粗相のないようにね、ヴェロッサ」
「わかっていますわ、お母様」
と、返事はしてみたものの、私は内心、どんな粗相をしでかしてやろうかとずっと考えている。
私だって本心では、素直にエルゼント王子との親交を深めたい。
だけど、世界滅亡を回避するためには、それだけは絶対にできないのだ。
むしろ、出来る限り早い段階でエルゼント王子の好感度を下げておくのが得策だろう……。
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リーゼとの秘密の魔術教室はまだ続いている。
基本的な知識はある程度、頭に入ってきた。
……そろそろ実践に移ってみたいなあ。
いつも通り、薄暗い書斎の中で読書に勤しみつつ、私はリーゼに尋ねてみた。
「ねえ、リーゼ。そろそろ私も魔術を使ってみたいのだけれど……」
恐る恐る尋ねた私に、リーゼは頷く。
「そうですね、挑戦してみる頃合いかと思います」
彼女の言葉に促され、私は魔術を行使してみることにした。
「お嬢様の魔術特性であれば、まずは赤魔術、火を操る魔術から始めてみるのが妥当かと」
私が5歳の時に診断された魔術特性は、赤、黒の順で適正があるということだった。
「まずは、人差し指を立てて、指先に意識を集中してください。赤い炎が指先から沸き立つイメージです」
「……や、やってみるわ」
指先から、火を出す。
ライターみたいに、かわいらしく、ぽつりと……。
指先が少し熱くなると同時に赤い火が灯った。
蠟燭のように弱々しい火ではあるけれど、初めてにしては十分な成果だ。
「流石です、お嬢様。とても吞み込みが早いですね」
関心するリーゼに私は思わず照れ笑いをした。
「リーゼの教え方が上手なおかげね!」
お互いを称えあって、その日の特訓は日が暮れるまで続いた。
次の日も、その次の日も、私は魔術の鍛錬を続けた。
来週はエルゼント王子がこの屋敷にやってくる。
短期間ではあるけれど、それまでに魔術を鍛えて、ビビらせてやろう。
この小さな灯(ともしび)は、ごく小さなものだけど、偉大なる一歩。
できるだけ平和的に世界滅亡を回避し、国外追放された後は……。
炎使いの大道芸人として生きながらえたいな……。
そんな面白おかしい妄想の中、私は眠りについた。
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昼すぎに、馬車に乗ってエルゼント王子がやってきた。
使いの者を2名引き連れ、颯爽と現れた王子の姿に、屋敷中の人間が喜びをあらわにする。
だけど、当の婚約者である私は、そう喜んでばかりもいられない。
彼は屋敷の中をひとしきり眺めると、私を見つけて声をかけたきた。
「……やあ、ヴェロッサ、元気にしてたかい」
9歳の少年のそれとは思えぬ、爽やかな声掛け。
「ええ、とても元気にしていましたわ」
彼はそんな私の声に、笑みを返してくれる
なんて高貴なお方なのかしら。
9歳にしてこの気品、流石は王子と賞賛せずにはいられない。
ここで一つ気づいたことがある。
どういうわけか、エルゼント王子は悪役令嬢ヴェロッサに対してそれなりに好感を抱いているようだ。
もちろん、互いの父が決めた縁談だから、エルゼント王子も父の意向に添いたいのかもしれない。
ゲーム上ではおおっぴらに描写されていないが、幼少期の二人の関係はそこまで悪いものではなかったのかもしれないわね。
お茶会を終えた後、広い庭に出て二人で歩く。
……何かないかしら、この際、何でもいいわ。
どうにかしてこの心優しい王子の好感度を下げるイベントを発生させないと……。
私が一人、思案を重ねていると、王子が声を上げる。
「見て、ヴェロッサ!」
振り返ると、笑顔のエルゼント王子が、なんだかかわいらしい、もふもふした生き物を抱きかかえている。
子犬のような風貌のそれは、舌を出して大人しく抱きかかえられていた。
「マナガルムの子供だ、かわいいなあ。このお屋敷に迷い込んじゃったのかな」
なんという可愛さのダブルパンチ……。
ちなみに、マナガルムは大型のオオカミの姿をした妖精の一種だ。
人間を襲うことはなく、人里離れた森奥などで、群れで生活をしている。
成体は美しく、気高く、それでいてかわいらしい風貌をした精霊の一種だ。
その幼体となればかわいくないはずがない。
「レジェラバ」の中でも特に人気のあるマスコットキャラクター。
子どものマナガルムのぬいぐるみは一部ユーザーに大人気だった。
この個体は頭のてっぺんのところにぴょんとアホ毛が跳ねている。
チャーミングでかわいらしい。
「かわいいなあ」
王子はシルバーウルフをもふもふし始めた。
私もたまらず、王子に負けじともふもふする。
「かわいいですわ……」
精霊とじゃれあいながら、私と王子はもふもふ精霊のを、小一時間ばかりもふもふする
はっ、ダメだわ……!
このままじゃエルゼント王子との親交が深まってしまう……。
王子と一緒にマナガルムのもふもふ具合に骨抜きにされていたが、このまま永遠ともふもふし続けるわけにはいくまい……。
どうするべきか……。
悲しいことに撫でる手は止まらない……。
そう思った矢先、王子は神妙な面持ちでつぶやいた。
「でも、この子、きっと親とはぐれちゃったんだ、親を探して届けにいかないと」
9歳の少年とは思えない殊勝な提案に、私は思わずときめいてしまう。
「多分、この屋敷の近くの森の中ですわ、使用人が幾人も、あの森の中で精霊を見かけたと噂しておりました。ですが、子供二人であの森に入るのは……」
「……大丈夫、もし危なくなったらすぐに引き返せばいいよ」
うーん、男の子らしい勇敢さではあるけれど、大丈夫かなあ。
その時、私は気づいた。
もしかして、これは……。
例のあのイベントでは……?
悪役令嬢ヴェロッサと、エルゼント王子は、幼少期に精霊の森に迷い込み、魔物に遭遇する。
エルゼント王子はヴェロッサを守ろうと、魔術を行使するも……。
まだ魔力の制御に不慣れだった王子は魔力を暴走させてしまい、ヴェロッサに怪我をさせてしまう。
ヴェロッサの怪我は完治するが、その事故で魔力の大半を失うことになり、それに負い目を感じた王子は彼女の婚約を破棄できなくなるというイベントだ。
実際は、魔力の大半を失ったというのはヴェロッサの大嘘で、本当は面倒な魔術の修練をサボりながら、エルゼント王子を自身にくぎ付けにするための悪知恵なのだが。
さて、ここで王子との婚約破棄に向けて最も有効な策は何か……。
私は考えてみる。
一つは、王子と森へ行かないこと。だけどこれは難しいかもしれない。
もう、王子、森に行く気満々だし。
もう一つは、王子だけ森に行かせること。
うーん、これは流石に良心が痛む。
あまり考えたくない選択肢だ。
最後に、森に一緒に行って、王子に魔力を使わせないこと。
魔力を使う必然性が生じなければ、魔力が暴走もするはずないし、今の私には赤魔術の力がある。
大抵の魔物は火を怖がるし、追い払うくらいはできるかもしれない。
……これだわ。これしかない。
上手くいけば、私は怪我をすることもなく、エルゼント王子に負い目を感じさせることもない。
結果として王子はストレートに正ヒロインへアタックできるという寸法よ。
そして、私は将来的に婚約破棄される。
完璧な作戦だわ……!
「行きましょう、エルゼント王子。その子の親を探しに」
私は彼にそう言って、二人と一匹で、人の立ち入らぬ精霊の森の中へ入っていくこととなった。
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