07.絶対に外堀を埋められたくない悪役令嬢

次の朝、父と母は私を叱責した。


当然のことだ、王家の人間、しかも時期王候補のエルゼント王子を公衆の面前で突き飛ばした挙句、一方的に婚約解消を迫ったのだから。


これ以上の侮辱、そうは思いつかない。

不敬罪に問われても仕方のない所業だ。

実際に、エルゼント王子はその後、とぼとぼと王宮に帰っていったらしい。



どうしてこんなことをしたのかと両親に聞かれても、私は正直に説明することができない。

「世界が滅亡するかもしれないのよ!」などとは口が裂けても言えないので、わがままな悪役令嬢っぽく「イヤなものはイヤなの!」と駄々をこねる他ない。



今までに見たことのない娘の様子に、両親も困惑しているようだった。

母親に至っては「どうしたものか」とばかりに頭を抱えている。


せっかくの王家との縁談を子供の癇癪で無に帰してしまったわけだから、頭も抱えたくなるよね、気持ちはわかるよお母さん。


いや、まあ……私のせいなんだけど……。




「旦那様、奥様、少々よろしいでしょうか」

聴くと心が安らぐ涼しげで淡々とした声、私の世話回りを担当してくれている侍女、リーゼの声だ。


「申し訳ないけど、少し後にしてもらえる?」


「しかし、火急のご用件ですので」


「用件というのは何だね」


「王の使いの方がいらしております。なんでも、お嬢様へ王が謁見を求めているそうです」


「「「 えっ 」」」


親子三人、揃って驚きの声が上がる。





______________________






親子三人で驚嘆した後、私は両親に連れられ馬車に乗っている。

両親は青ざめた面持ちで窓を眺めたり、私の顔色をうかがったりしながら、時折、深いため息をつく。


……ドナドナ、子牛になった気分。

幸いにして荷馬車ではなく、上等な馬車だけれど……。


不敬罪で一家共々処刑……なんてことが頭をよぎるが、流石にそこまではされないかなあ。

王家と貴族との間の出来事とはいえ、子供の喧嘩のようなものだし。


……せめて、国外追放くらいだといいけど。


っていうか、もうさっそく破滅しちゃうぽいなあ……これ。


両親には心から申し訳なく思うけど、これも世界を守るためなの。

上手く説明はできないけれど、どうか許して、お父さん、お母さん。



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王への謁見は私一人を対象としているらしい。

両親は同席を懇願するも、使いの者に断られてしまった。


私自身、多少の罰は覚悟しているけれど、出来れば両親には無罪赦免を請いたいところだなあ。




私は王の御前で、母から教わった通り、跪いてお辞儀した。

王妃様もいるようだ。やっぱり王妃様だけあってお綺麗だなあ。


「やあ、よく来てくれた、ヴェロッサ。顔を上げて」

「あら、とてもかわいらしいお嬢さんね。お行儀も良いし、何の理由もなくあの子を突き飛ばしたりなんてしなさそうだけど」


私は9歳の頃に王に会っている。

それがエルゼント王子との婚約のきっかけだった。


王いわく、私の魔力系統と、彼の魔力系統は非常に相性が良いらしい。

王は一目でそれを見抜き「もし良ければ」と、その日のうちに私の父に縁談を持ち掛けたのだが……。


しかし、あの後の、あんなに嬉しそうな両親は初めて見たなあ。それがこんなことになってしまって、少なからず心が痛むわ……。

世界を守るためにはしょうがないんだけど……。


「なんでも、エルゼントとの婚約を解消をしたいそうじゃないか、あの子に気に入らないところでもあったのかい?」


「不束ながら申し上げます、陛下。殿下との婚約は、父に決められたものであり、私が決めたものではありません。そして、申し訳ありませんが、私は彼のことが嫌いです。ですので……」


「あら、ひどい言われよう。特にどういうところが嫌いなの?」

私の釈明を遮る王妃。特に怒っているといった風ではなく、むしろ興味深そうに私を眺めている。


私は少し悩んだ。今のところ、彼に非の打ちどころはないからだった。なんなら、おそらく今後も非の打ち所は出てこないだろう。もはや良さみしかない。

悩んでいたところに咄嗟に思いついたのは、あの時、彼に放った言葉。


「なよっとしていて……弱そうなところです……」


目を泳がせながら私は小さな声で言った。


「レジェラバ」のエルゼント王子は「弱い」と言われることをとても嫌っていた。

実際、彼は序盤においてそこまで強いヒーローではない。

私が回避した彼の「魔力の暴走事故」の影響もあってか、彼は魔術の鍛錬や行使に対して非常に後ろ向きだったのだ。

そういうわけで、彼の序盤の成長率は芳しくない。

それでも十分なポテンシャルがあるために、終盤では条件さえ揃えば、とんでもない強さになるのだが……。


そういうわけで、素養がありつつも、鍛錬を拒んだ彼には、厳しい風評が付きまとってしまうことになる。彼もゲーム序盤にそれに酷く悩んでおり、彼のコンプレックスを解消するところから、ゲームは進行していくことになる。


私は前世の記憶で知っていた彼のコンプレックスを利用し、今のうちにできる限り好感度を下げようという作戦だった。


そう思っての発言だったのだが……。

言った後に、私はしまったと思った。


王と王妃はこの世界を安寧と繁栄へと導いた騎士王と魔導士でもあるのだ。

この世界で最強格の二人が、自分の子供を「弱い」と言われて、納得するはずもない。


「……ハハッ」

「……ふふっ」


堰を切ったように笑う王と王妃。


「……いや、はっきりと物を言う子だ、ますます気に入った」

「ふふっ、そうねえ」


へっ!?

なんで、どうして!?


「ひとつお願いがあるんだヴェロッサ。婚約解消について君の意見もとてもよくわかる。もちろんこれは私と君の父が決めたことだ、君にも決定権があるだろう。

しかし、あの子がこのままずっと弱いかというと、決してそうではないはずだ。弱さが判断基準なのだとしたら、君の決断をもう少し待ってくれることはできないだろうか」


「そうね、だから一つ、お願いだけさせてほしい。あなたが正式に誰かと結婚ができる年、この国であれば18歳の時まで、この婚約に関する結論は待ってほしいの」



……まずいなあ。

どういう理由かわからないが、彼の両親である王と王妃に気に入られてしまったみたいだ。

急速に外堀が埋まっていく……ダンプカーで大量の土砂を流し込まれてるみたいに……。



「もしも、あの子が君のお気に召すくらいに強くなれば、めでたく婚約成立。逆にもし、あの子が弱いままであれば、その時は婚約を解消してもらって一向に構わない。そして、何をもってして強いか、弱いか。その判断は君にゆだねよう」


事態を呑み込めず、逡巡している私の様子を見て、王妃が言う。


「約束をしてくれたら、今回の件はなかったことにするわ。あなたにも、もちろん、あなたの一族にも……」



――どうやら、選択の余地はないようだ。



「……かしこまりました」



私はこの話を受け入れることにした。




そもそも、18歳といえば、ゲームのエンディング時期に当たる。

そこまで回答を保留にすることは、決して私の不利には働かないはず。

何しろ、その間にエルゼント王子が正ヒロインと出会うことになり、条件さえ揃えば二人は簡単に恋に落ちるのだから……。


せめて私が破滅する寸前まで……。

私が二人のキューピッドとなり、一番近くでそれを眺め、時に愉悦に浸り、時に嫉妬に身震いしながら、エルゼント王子と正ヒロインを結びつける。




――結局のところ、最後には私が世界を救うのだ。




……まあ最終的に私の破滅は避けられないんだけど、この世界がなくなってしまうよりはずっと良いエンディングだろう。




謁見が終わり、大きな扉をくぐって外に出ると、長い廊下の奥に小さな人影を目にした。

エルゼント王子だ。


内心いたたまれない気持ちになりつつも、私は何事もなかったかのように彼に背を向ける。






「ヴェロッサ!! 僕は、君にふさわしくなるように、絶対に強くなるから!!」






彼の突然の叫びに、私は思わず身を震わせたが、平然を装ったまま、振り返ることなくその場を去った。


王子の決意表明。

彼はまだ、私のことをまだ諦めていないということなのだろうか……。



予想外の宣誓によって、早鐘を鳴らす胸を抑えながら、未だ青ざめている父と母のもとへ向かった。

事の顛末をおおまかに知らせると、両親はよほどうれしかったのか、二人で私を胴上げしようとした。




当然ながら私は全力で拒んだ。

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