06.絶対に王子との婚約を解消したい悪役令嬢
その後も、エルゼント王子は連日、私の屋敷を訪れた。
ある日は一緒にケーキを食べた。
なんでも彼が宮廷料理人たちに頼み込んで作らせたものらしい。
イチゴやブルーベリー、オレンジとメロン、様々な果物をふんだんに使った特製のケーキだ。
そんな色鮮やかな特上ケーキがおいしくないはずもなく、私は9歳ながら思わず頬をおさえて舌鼓をうった。
「どう、ヴェロッサ? おいしい?」
「まあ、悪くはないわ……」
そんな私の顔を見て、満足そうに微笑んでいるエルゼント。
彼の行為に対しては、できるだけリアクションを取らないように努力していたのに、やってしまった……。
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ある日は彼がマナガルムの子どもとかけっこして、見事にそれを捕まえた。
少し得意げに私のところまでマナガルムを抱きかかえて見せてくる王子。
かわいらしく舌を出しているマナガルム。
つぶらな瞳で「撫でて撫でて!」とせがんでくるマナガルム。
そしてどうしようかと横眼で見る私の様子を見て、ニコニコしている王子。
私は結局、最高に可愛らしい一人と一匹に屈することになり、王子と一緒にマナガルムをモフモフした。
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そして今日、以前と同じように、王子と一緒に書斎にこもって本を読んでいる。
ああ、どうしよう、私、幸せだわ……。
でも、このままではいけない、このままでは……。
こんなことしてたら、絶対に世界が終わっちゃう!!
幸せな日々だったが、私の中で「ででーん」と世界終了のお知らせが鳴り響いた。
そして、私はある決心をした。
こっぴどく、完膚なきまでに、エルゼント王子が二度と立ち直れないくらいに。
――彼の事を振るのだ。
……そうでなくては、この世界がなくなってしまう。
彼との思い出は、もう十分なくらいにもらった。
いや、まぁ、お互い10歳そこそこのお子様ではあるのだが……。
とにかく、後は彼を突き放し、全力で引こう。
私はこの世界の主役ではなく、悪役令嬢なのだから。
本来、結ばれるべき相手は彼の前に必ず現れるのだから。
暮れなずむ西日に差され、王子の乗る馬車が行く。
さようなら、エルゼント王子。
もうすぐ、私の10歳の誕生日がやってくる。
――そこで、彼とはお別れだ。
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煌びやかなホールの中、伯爵家の令嬢たる私はお立ち台の上で甲斐甲斐しくお辞儀をする。
たくさんの拍手、たくさんの人が私の生誕から10年の節目を祝う。
王家エクスハイド家の嫡子、エルゼント王子が私に対し、おずおずと花束を差し出す。
誕生会のフィナーレに、婚約者の王子が令嬢に花束を渡すイベント。
私は拒否したのだが、使用人たちが気を利かせて用意したものだった。
白い肌と金髪碧眼のまだ幼さが残りつつも高貴な顔立ち。
何をそんな恥ずかし気にはにかんでるの?
最高じゃない……可愛すぎるでしょ……。
今すぐ彼の手にする祝福の花束を受け取りたい。
なんなら感激のどさくさに紛れて、いますぐに彼を抱きしめたい。
そんな気持ちが心の奥底から湧き上がってくる。
――だけど、それだけは絶対にできない……。
こんなのってないよね、せっかく前世から比べるべくもなく、夢のような世界に転生したのに、よりにもよって最低最悪の「世界滅亡ルート」の引き金となる悪役令嬢だなんて……。
私はあまりの悔しさに唇を噛みしめ、涙がこぼれそうになる。
「ど、どうかしたの、ヴェロッサ?」
私の愛称を呼ぶエルゼント王子。
花束を両手に抱えたまま、心配そうに私の顔を覗き込む。
あぁッ……守りたいッ……この世界ッ…………!!
甘んじて享受しようッ……この悪役令嬢という役割をッ……!!!
頬に熱い涙が伝い、心の中では血の涙が流れている。
――けれど、今この瞬間に覚悟は決まった。
尽くせる限りの手段を行使して、私は「彼と世界」を守ると誓った。
どこまでも堕ちてやろう、悪役令嬢として。
私は涙を流したまま、祝福の花束ごと、エルゼント王子を突き飛ばした。
「……ヴェロッサ?」
尻もちをつきながら、突然の事態に呆然とするエルゼント王子。
私たちを見守っていた周囲の人々からも、動揺の声が沸き上がる。
王子の揺れる瞳に、心は揺らぐ、けれど……。
……私は、彼とこの世界のためならば、悪魔にだってなってみせよう。
「エルゼント……私はねぇ、あなたみたいになよなよした弱っちい男の子が!! 大っ嫌いなのよ!!!」
私はホールに怒声を響き渡らせた。
エルゼント王子は未だあどけない瞳を見開いて、何か言いたげにふるふると口を震わせていた。
だが結局、彼は一言も言い返すことなく、しょんぼりとうなだれてしまった。
ああぁぁぁ……私ったらなんてことを……。
落ち込んでる姿もすごくかわいい……今すぐに抱きしめて慰めてあげたい……。
勢い余ってやりすぎてしまったことに気づいた私、一抹の後悔が沸き上がってきた。
今更になって訪れた、強烈なエルゼント王子に対する恋慕と執着。
そして彼の好意を無碍にしてしまった罪の意識が押し寄せる。
――でも、これで大丈夫。これできっといいんだ。
――これで彼と、この世界は絶対に守れるはず。
「あなたとの婚約は解消させてもらうわッ!!!」
難しい言葉を放つには、まだ少し小さい口元。
たどたどしい口調にはなったが、言うべきフレーズは言い切った。
いかにも悪役令嬢らしく、フンッと鼻を鳴らし、涙を拭う。
引き留めようとする両親や、使用人の間をかいくぐり、やっとのことで、私の誕生会が催されたホールを抜け出し、自室までたどり着く。
――これでいい……。絶対に……。これでいいんだ……。
何度も必死に自身に言い聞かせたけれど、感情は決していうことを聞かなかった。
そのあとも流れ続ける涙を拭い続けているうちに、私はいつの間にか疲れて眠ってしまった。
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