05.絶対に王子のことを無視しつづける悪役令嬢
突然の王子失踪事件から一週間が経ち、私がのんびりと庭の花に水やりをしていると、意外な来客が現れた。
マナガルムの親子だ。
見れば王子が拾ってきたあの子供もいる。
アホ毛が目立つので、識別は容易い。
成体、つまり親のほうは、少し迫力のある鳴き声を上げて、こちらに近づいてくる。
どうやら、三頭揃って、律儀にお礼を言いに来てくれたらしい。
私は近づいて来た小さいマナガルムの頭を撫でて、抱きかかえた。
「ひさしぶり、元気にしてたかしら」
ワン、と可愛らしい鳴き声をあげて、私に返事をする。
流石に精霊だけあって、小さくても、とても頭が良いんだなと感心した。
「お嬢様ッ!?」
リーゼがいつもの静かな物言いとは似つかわしくない素っ頓狂な声を上げて駆け寄ってくる。
「マナガルム?! 一体どうされたんですか」
「この間、エルゼント王子と森に行ったことがあったでしょう。あの時、はぐれたこの子を、親元まで帰しに行っていたの。今になって親子で揃ってお礼を言いに来てくれたみたい」
「精霊がお礼を言いに……お嬢様は魔術の素養がおありなだけでなく、精霊にも好かれているのですね」
感心するリーゼに私は少し気分を良くしてしまう。
「また来てね~」
人目につくのを嫌ったのだろうか、三匹のマナガルムは颯爽と退散する。
子供のマナガルムは少し名残惜し気に、一度こちらを振り返ったが、私が大きく手を振る姿を確認した後、親の後をついて去っていった。
「お嬢様にはここのところ、いつも驚かされます」
「そうかしら、あ、庭師に『花壇に水をやっておいたから、水をあげすぎないでね』って伝えておいてもらえる?」
「そんな些事、使いの者がしますのに……かしこまりました、お嬢様。それはそうと」
少し深刻な面持ちで、きりっと居直り、リーゼは告げた。
「エルゼント王子がいらしております」
「えっ」
私は応接間の扉を勢い良く開ける。
目の前には優雅にお茶を飲むエルゼント王子がいた。
「ど、どうしていらしたの、王子……」
「婚約者の元に訪れるのに、理由が必要でしょうか?」
にこやかにそう言って、紅茶を口にするエルゼント王子。
「ところで、さっきのマナガルム、もうヴェロッサになついているようですね」
「えっ、ずっと見てたの?」
「はい、花壇に水をやっているあたりから」
そんなところまで見られてたのか、ちょっと……いや、かなり恥ずかしいんだけど……。
……そんなことより、なぜ王子がまた屋敷に?
私は応接間のソファに腰を掛けて、王子と対面する。
「先週の事件があって、きっと王もお怒りかと思いましたが」
「怒る? いえ、あの時の話を両親に正直に話してみたら『実に面白いお嬢さんだ』と言っていましたが……」
「へえ、それは変わったお父様とお母様ですわね……」
不敬罪ギリギリな言葉を口走ってしまった気がするが、そんなことは気にせず私は頭を抱えた。
なぜだか知らないが、彼の好感度が上がっている気がする。
それどころか、彼の両親である王と王妃の好感度も上がっている気がする。
このままでは外堀を完全に埋められて、世界が滅亡してしまう……。
どうにかして、彼の好感度を下げなければ……。
そうだ! きっとこれなら彼の好感度を下げられるわ!
間違いなく……絶対に。
私はいかにも悪役令嬢らしく、不敵な笑みを浮かべて彼を見た。
彼は、なんということもなさそうにニコニコとしていた。
「お嬢様、これは、一体……」
リーゼが困惑の表情を浮かべながら、私に問いかけるが、今は無視。
「わぁ、ヴェロッサ、君の屋敷の書斎には、とても面白そうな本がたくさんあるね」
私に対して声をかけるエルゼント王子だったが、私は読書に没頭しているフリをする。
好意の反対は無関心。そう、これは対エルゼント王子用・超塩対応作戦。
私は王子に対して、シカトを決め込んでいるのだ。
「ねぇ、ヴェロッサ、この本なんかとても面白そうだね」
「……」
私が彼のことなど気にも留めず読書に耽っていると、彼は観念したように溜息をついた。
そして数冊の本を抱えて、私の隣席に腰を掛ける。
彼もまた、淡々と読書を始めたのだ。
えっ、なんか、これはこれでいい感じな気がするんだけど……どういうことなの……。
私がいくら好感度を下げようとしても、エルゼント王子は勝手にそれを上げてくる。
しかし、それがいつまで続くのか、見ものじゃない!
一時間後……。
パラリ、パラリと、ゆっくりとページをめくり、手にした魔術書を読みふけるエルゼント王子。
ふうん、なかなかやるじゃないエルゼント王子……。
どうしよう、私の方が なんだか恥ずかしくなってきちゃったわ……。
リーゼは「あぁっ、そういえばお嬢様のお洋服のお洗濯が途中でした」とかわざとらしく言って消えちゃうし……。
いや、絶対に嘘だろ、お前いつも手際よく午前中くらいで仕事終わらせてるじゃん……。
ああ、どうしよう、性懲りもなくドキドキしてきたわ。
相手は9歳なのに……。
チラリと横目に眺めてみると、黙々と読書に耽るお姿すら麗しい。
「どうかした? ヴェロッサ?」
「いえ、別に……」
口が裂けても見とれていたなんて言えないわ。
だって私もあなたも、まだ9歳なのよ……。
私の最推し幼年期、飛んでもない魔性男子だわ……。
でも、彼と私が結ばれることはない。
そんなことしちゃったら世界終わっちゃうし……。
リーゼが別れの時を告げに来た。
「エルゼント様、迎えの馬車がいらしてます」
「……そろそろ暗くなってきたわ、エルゼント王子も王宮に帰らないと」
「あ、そうだね」
彼に対して今日一日を完全なる塩対応で乗り切ったつもりだが、有効な一撃とはならなかった気がする……。
というか最後の方、普通に喋っちゃったし……。
彼は行儀よく、本をしまってから、私に向かってほほ笑み、こう言った。
「また明日、ヴェロッサ」
彼の別れの挨拶を聞いて、自分の顔が紅潮しているであろうことを悟った。
そして、心の中で思った。
……お願いだから、もう来ないで!!
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