04.絶対に王子には魔力を使わせない悪役令嬢

森に入っていくと、急にエルゼント王子は萎んでしまう。


どうやら薄暗い森の中にあって、急に心細くなってしまったようだ。

抱えていたマナガルムの子どもも手放して、今は私が抱えて歩いている。


服の袖をずっと引っ張られて、少々歩きづらいが、まあ仕方ない……精神年齢では私のほうが圧倒的に年上だし……。


それに、年相応におびえているエルゼント王子は抱えているマナガルムの子供と同等か、それ以上に可愛い。


私はずんずんと森の中を進み、その後ろをエルゼント王子がくっついてくる。

しばらくすると、ずしん、ずしんと、何か巨大な足音のような音が聞こえてくる。


……間違いない、魔物だ。


そう思った私は、抱えていた子犬のような姿の精霊を足元に下ろす。


岩の巨人が、獣道を横切って私たちの前に姿を現す。

コケやツタで覆われた緑色の岩の巨人、オールドゴーレムは、私たちを見つけるや否や、恐ろしい咆哮をあげてこちらへと迫ってくる。



――おあつらえ向きだわ、見てなさいッ!



私は指先から小さな炎を出して、巨人へ投げつける。

小さな火球は見事に巨人へと命中し、コケやツタに引火した。

身体に着火したオールドゴーレムは唸り声をあげ、慌てふためき退散していく。



――深追いは厳禁だわ、戦闘終了ね!



流石に私はこのゲームを長いことやっていただけあって、相手の弱点が火であることを知っていた。オールドゴーレムは経験値稼ぎのモンスターとして有名なのだが、火で攻撃してしまうとすぐに退避してしまうのだ。


それにしてもラッキーだった。こんなにも簡単にうまくいくとは。


私が振り返ると、呆然としているエルゼント王子がそこにいた。

私は足元にいたマナガルムの子供をまた抱きかかえて、彼に近づく。


「すごいね、ヴェロッサ。君ってこんなに強かったんだ」

「まあね~、さあ、行きましょう。急がないと日が暮れちゃうわ」


意気揚々、鼻高々と彼に返事する。

魔術の練習をしてきてよかったわ、帰ったらリーゼに思いっきり感謝しなくちゃ。


これでエルゼント王子の魔力暴走のイベントは回避できたはず。

これで彼は私に対して負い目を感じることなく、正ヒロインとの恋に邁進できる。


しばらく歩くと、小さな畔が見えてきた。

そこには10数頭ほどのマナガルムの群れがいた。


「さぁ、家族のもとにお帰り」


私がマナガルムの子供を最後に思い切り撫でてやると、若干名残惜しそうにしながらも、群れのもとに駆け寄っていく。

途中、ふと、私たちの方を振り返り、可愛らしい鳴き声を鳴らして、群れの中へと飛び込んでいった。


「ありがとうってことなのかな?」

私が笑うと、エルゼント王子もつられて笑った。


「ヴェロッサは本当にすごいね」


「全ての力は、大切なものを護るために……ってことよ」

私はわざとらしく、説教臭い物言いをした。


ちなみに、これはゲームの中で、エルゼント王子がレベル99、つまりレベルカンストした時の特別イベントでの彼のセリフだ。


まだ子供の彼にはこのセリフの良さはわからないだろうな、と思いながら、私は続けて言った。


「……正直、男の子ならもう少し頑張ってほしかったけれどね」


私は彼に対しての好感度を下げる意味も込めて、やや皮肉っぽく吐き捨てた。


正直に言って、今の彼はあまりに弱い。

ゲームの進行上、仕方ないことではあるのだが、正ヒロインを守り、愛を育んでいくためには、エルゼント王子にも、ある程度は強くなってもらわないといけないだろうなあ。


幼少期のヴェロッサとのイベントによって、彼は「魔力を暴走させてしまった」というトラウマを抱え、魔術の修練に強い抵抗感を抱いてしまう。

結果として、ゲーム開始時の彼のステータスは庶民の正ヒロインと同程度からスタートすることになる。


しかし、彼の戦闘能力のポテンシャルは、ゲーム中で随一だ。

しっかりと育てさえすれば、彼はこの世界で最強の存在になれる。

上手くいけば、彼はもっと強い状態でゲーム開始の15歳を迎えることができるかもしれない。


私はそんなことを想いながら、森の中の薄闇で心細くなって私にしがみつく彼を、ずるずるとひき連れたまま、屋敷へと戻った。




______________________




そして、いまだかつてないほど父と母に怒られた。


「一体どういうつもりなの、ヴェロッサ!」

「しかし、無事でよかった。お前と王子に万が一のことがあったら、一体どうやって責任をとったら良いかと……」


まあ怒るのは無理もない。精霊の子供を助けるためとはいえ、一国の王子を森の中へ連れまわした挙句、魔物との戦闘をこなして帰ってきたのだから。


「いえ、もとはといえば、僕が悪いんです。僕がヴェロッサに頼んで森に連れて行ってもらったから……」


流石に王子も責任を感じたのだろう、必死に私をかばってくる。


既に騒ぎはこの屋敷にとどまらず、国中に広がりつつある。

一時は私の両親がヒステリックを起こして「誘拐されたのでは」などといって、大騒ぎしてしまったからだ。



そりゃそうなるよね……でも、好都合かも。



ここまでの騒ぎになれば、流石の国王陛下も見過ごせないだろう。

しばらく、いや、もう永遠に、エルゼント王子はこの屋敷には来れなくなるかもしれない。



当然ながら私とエルゼント王子の婚約は破談になり、この世界は守られる。

……全ては私の思惑通りだ。



王子の可愛い姿を二度とこの目で見られなくなるのは残念だけれど、世界滅亡を回避するためには、仕方のない犠牲だ。


しぶしぶと馬車に乗せられた王子は、身を乗り出し、私に告げた。



「また一緒に冒険しよう! ヴェロッサ!」



もう一緒に冒険することはないんだよなぁ……と思いながら、最後にせめて彼の姿を目に焼き付けながら、私も手を振って見送った。

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