08.絶対に役立つスキルを身につけたい悪役令嬢

うーん、やっぱり浅はかだったなあ。

まさかいきなり、王と王妃が出てくるなんて……。




王族と貴族ということもあって、常識的に考えたら、貴族令嬢である私の方から一方的に王子との婚約を解消することは難しい。


しかも、彼の両親、つまり王と王妃には少なからず気に入られた様子だったし……。




思わず頭を抱える私だったが、そうとなれば、他のやり方がある。

最も手っ取り早いのは「エルゼント王子が私ではない、他の誰かのことを好きになる」ということ。

彼の運命の相手として、正ヒロインは必ず登場する。

そちらに上手くエルゼントを誘導すれば、間違いなく私との婚約は破棄される。




そうすれば世界を守ることができるわけで……もれなく私は破滅するんだけど……。




状況を有利に展開するためにも、何か特殊な魔術スキルを得られないだろうか。



例えば、正ヒロインと攻略対象の好感度を測るスキルとか……。

状況をぼかしてではあるが、私はある日、リーゼに相談してみることにした。



「ねえ、リーゼ。例えば魔術で人の心を読むってできないかしら」

「お嬢様、そんなことをして、一体なにをなされるおつもりですか……」



神妙な面持ちで、心配そうに用途を聞かれてしまう。

彼女に胸を張って「安心して、世界を守るためなのよ!」と言いたくなったが、流石にそれは言えないなあ。



「うーん、もしよ、私がエルゼント王子と結婚することになってしまったら、きっと色々な社交の場に駆り出されるわ。そんなとき、その場にいる人たちの心や関係性が、なんとなく読めれば、きっと交渉の場にも役立つんじゃないかなって思って」



噓ではあったけれど、リーゼは顎に手を当てて「なるほど」と頷いた。



というか、騙されるんだ……こんな子供の嘘に……。

本当に素直だなあ、リーゼは。

私が本物の悪役令嬢だったら、ボロ雑巾のようにこき使われてそう……。

この人にはなんとしても幸せになってほしい……。



「そうですね、人心掌握の魔術、ないことはないですが、あまりに高度すぎて私が扱えるものではありません」

「ごく簡単なものでもいいの。例えば誰かと誰かの仲の良さとか、ざっくり数値化できたりとかしないかしら」

「確かに、それだけの情報でも関係を築く足掛かりにはなりそうですね、それくらいであればなんとかなるかと」



なんとかなるんだ! やっぱり持つべきものはパーフェクト侍女ね!

「やったー! それじゃあ、さっそくレッスンをお願いするわ!」




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「まず、人物を集中して見つめてください」

「うん……」

「次に、別の人のことを思い浮かべてみてください、出来れば人となりを良く知る人であれば、より難易度は下がります」




私は窓の外にいる庭師を見つめて、一点集中した。




しばらくじっと見つめたが、変化は起こらない。

私はわかりやすくため息をついてリーゼにぼやいた。


「ダメだわ、私って魔術の素質がないのかも……」

「赤魔術と黒魔術の合わせ技ですから、それなりに訓練が必要だと思います」


困ったような笑顔を浮かべるリーゼ。かわいい。

この表情を見るためなら、私、まだ頑張れるわ……。


「何かコツってないかしら」

「そうですね、ただ見つめるだけでなく、イニシエーションをしてみるといいかもしれません」

「イニシエーション?」

「簡単に言えば、魔術を使う前の儀式や所作のことですね。魔術を使うには、精霊との対話が必要ですが、例えばそれは言語ではなく、動作であってもいいのです」



彼女が左手でぱちんと指を鳴らすと、紫電がバチンと煌めいた。



「例えば、このように」

「かっこいいわ、リーゼ……」


「おほめに預かり光栄です。今は私の指を鳴らす、という所作が、雷を操る精霊との対話となって、電気を起こしたわけですね」


「つまり、私も何かカッコいい動作があれば、精霊と対話しやすくなって、魔術が使いやすくなるってこと?」


「その通りです、お嬢様」

「わかった! 早速試してみるわ!」


そこからリーゼと共に小一時間ほど、理想的なイニシエーションを行うためのポーズ模索が始まった。


最初はかっこいいポーズを選んでいたのだが、回数を重ねるごとにただ疲れるだけということがわかった。

下手に目立たないほうがいいし、できるだけシンプルな所作にしよう……。


目の前に指先で丸を作って、その穴を覗く、という動作をためしたところ、だんだんと見えてくるものがあった。


「だんだん、コツがつかめてきたけど、もう今一つかなあ」

「インスピレーションを働かせてみてください。どうしたら精霊から力を借りやすいのか、今のお嬢様なら簡単に思いつくはずです」



リーゼはおだて上手だなあ、やはりほめて伸ばすって大切だと思う。

考えてみるとリーゼって最高の指導者ね、もはやリーゼの部下になりたいまであるわ……。



ふと、一つのポーズを思いついた。

両手を使って、まず四指をくっつける。

そして残りの親指の腹をくっつけて、四指の爪の面をくっつける。


要はハートの形を両手で作るのだ。そしてそこから相手を覗き込む。

そしてのぞき込んでる相手と、別の誰かのことを考えてみる。


「やった! リーゼ、何か見えるわ!」


窓の外で一生懸命に働く庭師と、雇用主、つまり私の母との関係性が数値として見えた。


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うわっ……使用人に対する私のお母さんの友好度……低すぎ……?




男性使用人との友好度が高すぎたら、それはそれで、なんか嫌だけど……。

良く考えると彼はいつも母にこき使われているから仕方ないよね……。

今度、うんとねぎらいの言葉をかけてあげないと……。



「お嬢様、最高に可愛らしいです……」

私のポーズを見て、両手を頬にあてて、どこか恍惚とした表情を浮かべるリーゼ。



「リーゼ……ちょっと馬鹿にしてない……?」

「滅相もありません! 控えめにいって最高です!!」



いや、絶対に馬鹿にしてるだろ……。



でも、これが一番うまくいくんだからしょうがないなあ。

どう考えても恥ずかしいし、この所作をやってる間に、誰かに見つかってしまったら、それこそ穴でも掘って入りたくなる恥ずかしさだけど……。


今後、予見される状況を考えると、とてつもなく有効なスキルだわ。

これで王子と正ヒロインの恋路を的確に観測しつつ、最高のサポートができるはず。


「そういえば、私がリーゼとどれだけ仲良くなれているのか、知りたいな」

「今の魔術でですか? 試してみられては?」


早速、私は両の掌でハートを作り、リーゼの顔を覗き込んでみる。

表情はあまり変わらない彼女だが、心なしか嬉しそうな表情を浮かべているリーゼ。


「数値は見えないなあ」

「自分と他の誰かの計測はとても難しいんです。しばらくの間は、他者同士の計測に限るべきですね」


「あっ、わかっててやらせたのね、リーゼ!」

「いえ、何事も試してみなくてはわからないですから……」


なんとなくだけど、リーゼもちょっと変わったなあ。

いや、むしろ、これが素の彼女なのかもしれない。


その後も、新スキル「友好度チェック」に磨きをかけながら、もう少し難易度の高いステータスチェックも彼女から教わった。


ステータスチェックの魔術も、私が行使するためにはイニシエーションが必要だった。


こちらはハートマークではなく、てのひらで四角を作ると上手くいくみたい。


人差し指と親指を互いにくっつける。

カメラマンとかが画角を測るためによくやっているポーズだ。



有名な写真家になった気分だわ。この世界にカメラないけど。




まだ小さい手で作った四角い枠から、さきほどの庭師を見つめてみる。



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クレイグ・ブライド

職業:庭師

レベル:3

HP 36/75

MP  0/ 0

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えぇ……、結構、HP減ってるなあ……。

よくよく考えると、私のお屋敷って、労働環境は大丈夫なのかしら……。


なんといっても、悪役令嬢の屋敷だし、私があずかり知らぬだけで、もしかしたらとんでもないブラック企業ならぬ、ブラックお屋敷かもしれないわ……。

ひとまず、彼にはこまめに休みを取らせてあげないと……。




とてつもなく心配そうな顔をしていたのだろう。

すぐにリーゼから声をかけられた。


「お優しいのですね、お嬢様は」

「別に優しくなんかないわ、ちょっと気持ちがわかるだけ……」


私だって前世はバリバリの労働階級だったのだ。

たまたま侯爵家の令嬢として生まれたために、いい暮らしができているけれど、それは彼らの働きがあってのこと。彼らには最低限の敬意を払わないと。



叶うなら、パーフェクト侍女のリーゼには、できる限りの好待遇を用意してあげたいな……。

私が無事に世界を守れても、私が破滅したら彼や彼女たちはどうなるんだろう。

出来ることは少ないだろうけど、今のうちに出来る限りのことはしてあげたい。



とにかく、そんなわけで新スキル「友好度チェック」を手に入れた。

リーゼの話では、もっと腕を磨けばいわゆる恋愛要素込みの「好感度チェック」もできるようになるらしい。



今後も一層と精進しなくては……。

ついでに、ステータスチェックもかなり便利だわ。

使いの者たちの体調チェック、もとい労務チェックも簡単にできるし……。

思ったより順調ね、これで悪役令嬢として存分に暗躍できるわ!





少し心残りなことと言えば……。





「うーん、リーゼが私の事をどんなふうに思ってるのか、ちょっとだけでも知りたかったなあ」

私が残念そうにそう言うと、彼女は少し首をかしげて言った。


「数字にするまでもないですね、心からお慕いしております、お嬢様」

恥ずかしいセリフを恥ずかしがることもなく言いのけるリーゼ。




結果として何故だか、私のほうが恥ずかしくなってしまった……。

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