09.絶対に王子からの手紙を読んでしまう悪役令嬢

ある日、王子から手紙が届いた。

私とエルゼントが王宮で最後の会った日から、既に半年が経過している。

あれからぱったりと彼は屋敷に訪れなくなった。


彼と距離を取ることができたのは喜ばしいことだ。

今後もできる限り接点を絶って、私のことはもう忘れてもらいたい……。


「お嬢様」


そんなことを思っていたら、リーゼが何故かとてもうれしそうな表情で、私に近づいてくる。

クールな表情はあまり変わらないけれど、彼女の喜怒哀楽は手に取るようにわかるようになっていた。


「お嬢様、お手紙です」

「どなたから?」

「エルゼント殿下からです」

「…………」


黙って彼女から手紙を受け取ると、私は部屋にこもり、周囲に人がいないか確認した後、丁寧に封を切って中身に目を通しはじめた。





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親愛なるヴェロッサ嬢へ――


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私は思わず息をとめた。

そして、手紙をいったん閉じ、机の上に置き、呼吸を整えた。


……考えてみれば、前世も含めて「親愛なる~」などという文面から始まる手紙を受け取ったことがない。


いや、私だけじゃないよね? 普通、ないよね?


冒頭のあいさつ文だけで完全に平常心を乱された私は、恐る恐る手紙を再度開き、読み始める。




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親愛なるヴェロッサ嬢へ


久しぶりです、ヴェロッサ。

君と会えなくなって、しばらく経ちますが、君に約束した通り、僕は強くなろうと決意し、

今でも鍛錬の日々を過ごしています。


剣も前よりずっと速く振るえるようになり、少しずつですが、

着実に自分が強くなっていることを実感します。


剣術の稽古以外にも、魔術の鍛錬も本格的に始めました。

母様ゆずりの魔力もあってか、こちらもとても順調です。


いつか必ず、君に認められるような強い男になって、あなたに会いに行きます。


しばらくは会えなくなりますが、どうかお元気で。


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読み終えて、思わず変なため息が出てしまった。


簡潔ながら、彼の熱意が伝わってくる文面だった。

10歳そこらにしては素晴らしく上品な筆跡。

やはり文字は育ちの良さが透けて見えてしまうなあ。


それにしても、彼はまだ私のことを全く諦めていないようだ。

一体、どういうことなのだろう、私は単なる悪役令嬢のはずなのに……。


しかも、私が「弱い」と言ったから、それを克服しようと、彼は強くなるための厳しい鍛錬を積んでいるようだ。



それも王室仕込みの基礎の基礎から……恐らく、常人には気の遠くなるような鍛錬だろう……。



「お嬢様、お返事はお書きにならないのですか?」

「ひぃ! なんだ、リーゼか……脅かさないでよ」

「ノックもしましたし、お声はかけましたが、お気づきになられない様子だったので」



すでに彼女はその手にレターセットを抱えている。準備が良すぎる。



「やっぱり、返事を書いた方がいいかしら」

「そうですね、常識的に考えれば、お返事をするべきかと」



うーん、と私は考えてみたが、社交辞令とはいえ、気がある返事は出したくないなあ。



「いえ、いいわ、返事は書かない」

「……お嬢様は、エルゼント殿下のことがお嫌いなのでしょうか」

「そうね、正直に言って、彼と結婚はしたくないわ」


彼と結婚をしたくないということは、両親にも高らかに宣言している。

始めこそ父は狼狽し、母は激怒したが、何回も宣言しているうちに、だんだんと慣れてきたようで「まあ勝手にしなさいな、時間がそのうち解決してくれるから」と諦めと期待が半々みたいなムードになってきている。


「それはどういった理由なのでしょうか、お嬢様が王家に入られれば、きっと奥様も旦那様も喜ばれるはずですが」


「私はエルゼント王子が嫌いだし、親の決めた縁談に納得いかないってだけよ。そもそも、お父様とお母様も無計画だわ。私がもし王家に入ったら、この家には世継ぎがいなくなる。養子を取ればいいって言ってたけど、その人がもしも人使いの荒い人だったら、あなたたちはどうなるの?」


「お嬢様、私たちのことなどお気になさらないでください」

「気にするわ、だって、みんな大切な家族だもの」


とは言ってみたが、私は絶対にエルゼントとは結婚できないし、その後、私は国外追放になってしまうのだけれど……。


そう思うと彼女らにも不憫な思いをさせてしまうなあ。

エルゼントに無事に婚約破棄してもらい、私が家督と領地を継ぐ方法があればいいのだけれど……。




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翌月もエルゼント王子からの手紙が届く。

その翌月も、その翌月も、彼からの手紙が届き続ける。


月刊エルゼントかな?

そんなのあったら定期購読しちゃんだけど……。


内容は大抵「今日はこんな鍛錬をした。そしてこれだけ強くなった。早く君に会いたい」という形に終始していたが、規則正しく月の終わりに届く手紙の内容を読んでいると、少しいたたまれない気持ちになった。


マメな男はモテる。

きっと他にも可愛い女の子がいるだろう。

……それこそ正ヒロインとか。


せっかくなら、早いところ、そちらに気を取られてほしいものだ……。

しかし、一方で、彼から毎月届く手紙がとても待ち遠しく、ひとたび読めば心の底から嬉しくなってしまっている自分もいる。



今のところ彼からもらった手紙はすべて大切に保管しているのだが、もう来月からの彼の手紙は一切、受け取らないことにしよう。

いつも手紙を届けに来る彼の使いの者にも、そう伝えることに決めよう。


そう思いながら、これが最後と決めた手紙を読むと、明らかな文面の変化に気づいた。





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親愛なるヴェロッサ嬢へ


君も忙しいだろうに、いつも僕から手紙をおくってしまってすまない。


そういえば、鍛錬を続けながら、旅を始めることにしたよ。

いわゆる、遠征修行というやつだ。


この間、レブラ湖の主と呼ばれる魔物を倒した。

魔獣の被害に悩まされていた周囲の村人はとても喜んでいて、

ここまで強くなって良かったと思ったよ。


だけど、僕を一念発起させてくれたのはまぎれもなく君の存在だ。

ありがとう、ヴェロッサ、君のために僕はもっと強くなる。

いつか君と再会し、ともに過ごせる日々を心から祈っている。


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手紙の内容の変化としては主に二点。



一つは、少しだけ、私に対する気持ちを素直に示してくれるようになった点。

私に対する言葉遣いも少し男らしくなってきている……。



二つめは、武勇伝らしき一文が手紙に追加されるようになった点。

なんでも各地を旅しながら、魔物退治を始めたらしい。




……レブラ湖の主。聞き覚えのあるフレーズだ。

……ああ、そうだ。レジェラバの序盤のボスだったな。序盤にしてはかなり強くて、ヌメヌメした雄牛のようなモンスターだ。


周囲の村人は被害をうけていて、とても困っていた。


やるじゃないエルゼント。


村人たちを助けるなんて、素敵だわ……。








いや、待って、序盤のボスとはいえ、20レベルの4人パーティで倒すボスよ?!

どう考えてもおかしいわ!!

どうしてエルゼントが一人で倒せるの?!



その後も手ごわいボスたちを月間で必ず討伐していくエルゼント。

途中から、もはやこれは恋文なのか、それとも単なる武勇伝なのかわからなくなってきている。



いや、まあ両方……? これはいわば恋文武勇伝……??




結局、私は彼からの手紙を受け取り続けることにした。

情報源としては非常に有用に思えたからだった。


彼からの手紙は当然ながら断片的な情報だったため、エルゼントの旅路と功績を、私の前世のゲーム上の記憶とともに、時系列にまとめていく。


状況を整理すればするほど、彼が法外なほど強くなっていることがわかる。


そして、私が14歳になった頃、彼から衝撃的な手紙が届いた。





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最愛のヴェロッサへ


黒き森の龍王を倒したよ。

評判ではとても恐ろしく、極めて強いとと聞いていたが、

今の俺には、そこまで苦戦する敵ではなかったな。


俺はようやく強くなれたと実感できた。

英雄として誰からも賞賛を受ける強さまで達することができたからだ。


胸を張って君に会えるように、ここまで鍛えてきた甲斐があったというものだ。


もうすぐ俺は15歳になる。

それでは、魔術学園で会おう。

期限となる18歳までには、必ず、君の心を手にする。


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なん……だと……。

黒き森の龍王と言えば、レジェラバのラスボス……。



たった一人の王子に、それが倒されてしまったというの?

ちょっと根性足りなすぎない?? 仮にも龍王でしょう???



え、じゃあ、私たちの冒険パートは?

私たちの心を熱くさせたあの冒険パートはどうなるの??

ダンジョン探索や冒険をしながら、仲間たちとの交友を深めていき、愛が深まるはずのイベントは???



いや、待て、一旦落ち着こう……。

レジェラバには冒険パートがなくても、学園パートがある。

むしろそっちのほうがメイン……。まだ慌てるような時間じゃないわ……。




だってまだ、ゲーム始まってないし……。




既に、私がまとめた彼の軌跡、エルゼント武勇列伝は既に本一冊分のボリュームとなっていた。

しかし、この情報が真実だとすると、彼はどうやら本当に強くなってしまったらしい。


それも、とてつもなく……。

ゲーム開始前に単独でゲームクリアしちゃってるし……。



間もなく、私は15歳になり、魔術学園への入学式を迎える。

つまり、エルゼント王子とまた再会しなくてはならないわけだけど、果たして、一体どうなってしまうのだろう……。




5年を経て、彼の手紙からは漲る自信が感じさせられる。

一人称も「僕」から「俺」になっちゃってるし……。

冒頭のあいさつ文も「親愛」から「最愛」にアップグレードされちゃってるし……。




果たして、私は最強と化した彼の求婚から逃げ切り、世界を守ることができるのだろうか……。

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