10.絶対に婚約破棄させたい悪役令嬢 vs 絶対に成婚したい最強チート王子

――時は流れ、私は15歳になった。




この五年間でエルゼント王子の名声は確実に世間に浸透してきている。


彼からの直筆の手紙を受け取って、詳細にその事実を知る私だったけれど……。

私の屋敷や、その周辺で飛び交う噂では、さらに尾ひれがついて伝わってきた。

彼の業績は口伝として国中に流布され、誰もが知るところになっている。




――彼は、今や名実ともに、エクスハイド王家で最高にして最強の王子だ。




彼がこともなく達成したラスボス・黒き森の龍王討伐の後も、エルゼント伝説は続いた。




指一本触れることなく魔族の一団を掃討し、街を救っただとか……。

巨大な龍をたった一撃の攻撃で屠り、隣国を救っただとか……。



嘘みたいな武勇伝を枚挙のいとまなく、耳にするようになった。

破竹の勢いというのは、まさにこういうことを言うのだろう。



私の前世の記憶、つまり、ゲームの世界でも、確かに彼は強かった。

しかし、それはゲームの中で仲間と共に鍛え会い、終盤に他のキャラよりも強くなる程度のものだったはず……。



ひょっとすると、私が引き起こしてしまった婚約解消騒動は、今やとんでもない方向に、彼を変えてしまったのかもしれない……。



エルゼント・エクスハイド王子と、私、ヴェロッサ・カーニングの唯一の接点は、毎月、彼から必ず送られてくる手紙だけであり、私は受け取ってばかりで、一度たりとも彼へ返事を書いたこともないのだが、それでも彼は毎月毎月、私に手紙を書いた。



それは、先月まで、ただの一度たりとも途切れることはなかった。



途中でエルゼントの手紙を受け取らないようにすることも考えたが、結局、それはできなかった。

むしろ、私は毎月送られてきた彼の手紙を大切に保管してしまっている。

さらに言えば、前世の記憶をふまえ、独自の脚色を添えて列伝形式にまとめている……。




それはもう綺麗に……。

何なら今すぐ出版できるくらい、綺麗にまとめている……。




すでに、彼とはもう五年ほど対面していないことになる。

私自身、積極的に彼と会う機会を避けてきたし、彼もまた期を伺って無理に私を追いかけることはなかった。



今後も、細心の注意を払いながら、彼との距離を取らざるを得ないだろう。

だって、万が一、彼と私が結婚してしまうことになれば、この世界は滅びてしまうのだから……。



けれど、今日からはどうしたって顔を合わせなくてはいけなくなる。

貴族や王族に加え、魔術や剣術に秀でた者が集まる三国共同のエリート校「トライヴァス」。



選ばれた有数の生徒たちが、魔術や剣術や学術教養を学び、時に友情を育み、また、時には恋を芽生えさせる……。

名作乙女ゲーム「レジェラバ」のメイン舞台だ。

私がこの世界の存亡をかけて臨む、決戦の三年間が始まるのだ。



全寮制の学園では、決められた長期の休暇以外で、家に帰ることは許されない。

つまり、ここで私はエルゼントと三年を過ごさなければならないわけだ。



彼は私に弱いとなじられ、その後、どういうわけか最強になってしまった。

だけど、私だってここまで何もしてこなかったわけじゃない。コツコツと魔術を磨き、ことを有利に展開するために策を練ってきた。



この学園には、正ヒロインも入学する。


エルゼントはどういうわけか、私に執心しているようだけれど、それもきっと一時の気の迷いだろう。

私が全力で正ヒロインをサポートすれば、エルゼントは正ヒロインと結ばれ、私との婚約は破棄される。




――私は、絶対にこの世界を守ってみせる。




エルゼント、確かに、私はあなたに「弱いから嫌い」だと言った。

だからこそ、あなたは本当に最強の王子になってみせた。


その結果に対しては心から賞賛するわ。

単純な実戦能力では、私はあなたの足元にも及ばないでしょう。



だけど、私もまた、悪役令嬢としての使命を果たすため、能力を磨いてきた。




――絶対に負けないわ、あなたにだけは。






______________________






入学のその日、私は彼と出会った。

彼は私を見つけると、屈託のない笑みを浮かべ、私に声をかける。


「やあ、ヴェロッサ、久しぶりだね、元気にしてたかい」


……なんて爽やかな男前なんだろう。

彼は五年を経て、たくましく成長していた。

優しげな目つきは、その面影をわずかに残しているが、極めて精悍になっている。

眼光は鋭く煌めき、一人の英雄として完成されていた。


白銀の長髪を後ろで結び、前髪のセットにも気合が入っている。

王族の正装で佇んでいた彼は、まるでそこだけ空間を切り取ったように、圧倒的なオーラを放っていた。


……幼少期とのギャップが最高。

控えめに言って入学初日から興奮で死にそうなんですが……。




しかし、ここで内心舞い上がっていることを悟られてしまえば、完全に相手の思うつぼだ。

私は高慢な悪役令嬢を気取って、彼のことを全身全霊の塩対応でスルーし、歩き去ろうとした。




しかし、無視して通過したはずの彼は、私の目の前にあった校舎の柱の陰から突如として現れる。

慌ててたじろいでしまう私に対し、エルゼントは次の瞬間、私の顔の横にドンッと手をついて、やれやれとばかりに笑みを浮かべた。



「五年ぶりの再会なんだ。せめて挨拶くらい返してくれたっていいじゃないか、ヴェロッサ」



これは白魔術の超応用、空間転移魔術ッ!?

ゲーム開始時点で?! チートでは……?!



空間転移+スタイリッシュな身のこなし+壁ドンをお見舞いされる私。

刹那の出来事に、鼓動は早まり、胸が張り裂けそうになる。




私は必死に平然を装い、悪役令嬢らしい薄笑いを浮かべて、彼に言う。




「あら、いたのエルゼント。存在感が薄くて気づかなかったわ、ごめんなさい。

 とりあえず……邪魔だからどいてくれる?」






______________________







いきなりの最強レベル魔術を披露され、驚愕する悪役令嬢。

彼女を想うあまりに、最強チート性能になってしまった王子。

五年ぶりの邂逅を果たした二人の間に、春の花びらが舞い踊る。






悪役令嬢は必死ににらみながら、こぶしを握り締めて誓う。

――この世界は絶対に私が守るんだから、最強チート王子になんか絶対に負けない。

――この世界のために、この男だけは絶対に婚約破棄させるッ!




最強チート性能と化した王子は不敵に笑み、この五年間を思い返す。

――君のために最強を目指し、一日も欠かすことなく鍛錬を積んできた。

――例え世界中を敵に回そうと、絶対に君を俺の妃にしてみせるッ!






絶対に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に成婚したい最強チート王子。

世界の行く末を左右する恋愛バトルが、今ここに幕を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絶対に婚約破棄させたい悪役令嬢 vs 絶対に成婚したい最強チート王子 有間無名 @mumei_arima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ