絶対に婚約破棄させたい悪役令嬢 vs 絶対に成婚したい最強チート王子

有間無名

01.絶対に王子と結婚してはいけない悪役令嬢

私の前世は27歳のOLだった。

ちなみに勤務先は結構なブラック企業。




ある日、交通事故に遭いそうになった小学生を助けようとして、私は死んでしまった。




悲しいことに、私と全く同じタイミングで小学生を助けようとした女子高生がいた。

二人で力を合わせて、小学生は無事に助かった。

けれど、彼女は私の巻き添えになる形で死んでしまったのだった。




――もったいないなあ、死ぬのは私だけでよかったのに。




最後の瞬間、そんなふうに思ったことを、鮮明に覚えている。




______________________





断片的にではあるけれど、たった今、前世の記憶を思い出した。

私は侯爵令嬢、ヴェロッサ・カーニング。


私が女子高生時代に青春を捧げたRPG乙女ゲーム「レジェンド・オブ・ラバーズ」


通称「レジェラバ」の世界へと私は転生したようだった。


なんという僥倖なのかしら……うん、前世で善行を積んできて良かったわ。

まあ、目立った善行は最後の最後に一回きりなんだけどね……。


煌びやかなホールの中で、音楽に合わせて優雅に踊る貴族たち。

その片隅に用意された応接スペースで、私の父と、このエクスハイド王国の国王が話をしている。


国王の背後には小さな子供がいた。


「よろしく、ヴェロッサ……」


おずおずと私に挨拶をした男の子は、この国の第2王子であるエルゼント・エクスハイド。

私と同じく9歳、そして彼は攻略対象の一人だ。

既に見目麗しいこの男の子は、この後6年の歳月を経て、絶世の美少年となる。


輝く銀髪と優しげな碧眼、いかにも王子らしい立派な服を着ているが、まだ王子としての威厳は垣間見えず、父王にしがみつきながら、どこか気恥ずかしそうにしている。


なんて可愛らしいのだろう……。

小さな王子に向かって私がほほ笑むと、彼は照れ笑いを浮かべながら、すっと父王の後ろに隠れてしまった。

小さいうちは人見知りなのかな、なんにしても可愛すぎる……。


ふと視線を上げると私の父と、彼の父、つまり国王がいまだ熱心に語り合っている。


「私の目からみて、カーニング家のお嬢さんはとても相性がいい。どうだろう、彼女とエルゼントの縁談を考えてもらえないだろうか」


「大変に光栄なお話です。是非とも……」


まだ9歳なのに縁談かあ、流石は王家と貴族の会話……進んでるなあ……。


王の話によると、私とエルゼント王子の魔力系統はとても相性が良いそうだ。

仮に二人が結婚して子を授かれば、その子供も魔術の素養に秀でた子となる可能性が高い。


この国の風習では、出来るだけ魔術適正の高い子、つまり、魔力が強い者が王となるべきとされている。


国の未来のためと考えて、是非ともこの縁談を、前向きに考えてほしいとのことだった。



生まれ持った魔術適正のおかげで、私は王子様の婚約者になれるのね……。

もしかして、私の今世、勝ち組すぎ……?



そう思った矢先のこと、私はある衝撃の事実を思い出してしまう。



エルゼント王子の幼少期からの婚約者といえば、ヴェロッサ・カーニング。

……まごうことなき、悪役令嬢だ。




「いや! 待って!! 悪役令嬢ッ?!」




思わず甲高い声を上げてしまう私に「何事か」と、父は眉をひそめる。


「ヴェロッサ! 王の御前だよ、慎みなさい!」

「……ご、ごめんなさい……お父様」


王はふむ、と顎に手を当て、言葉を続ける。


「親が勝手に決めた縁談というのも、当人たちにとっては始末が悪いだろう。しばらくの間、君の屋敷へエルゼントをよこすことにしよう。

 二人が親交を深め、その様子を見てから、将来を決めても遅くはあるまい」


「そのような配慮まで……ありがとうございます」


どうやら私のとっさの一声が、婚約拒絶と取られてしまったらしい……。


これからしばらくの間、エルゼント王子は私の屋敷に遊びにくることになる。


その様子を見てから、婚約の可否について判断するということに決まってしまったようだ。


さっそく、細かい日程について、私たちの父同士が話し合っている。


幼少期から約束された王子様との婚約。

一見して、夢のようなシチュエーション……。

しかし、私の前世の記憶をもとに、現状を整理していくと……。

これは……、とても理想的な状況とは言い難い……。



むしろ、絶望的な状況だ……。

私、ヴェロッサ・カーニングは悪役令嬢なのだ。



正ヒロインの攻略対象、エルゼント王子と幼少期に婚約を結びつつも、正ヒロインのエルゼント攻略をきっかけに、過去の悪事を王に暴露され国外追放となる。

自業自得とはいえ、破滅の憂き目に遭うことになる恋の噛ませ犬。

それが私の運命……。



しかし、悪役令嬢として破滅するだけなら、まだ救いはある……。


実は、自身の破滅以外にも、とんでもない問題があるのだ……。



当時の乙女ゲーユーザーを熱狂させた伝説的タイトル「レジェラバ」は一方で超鬼畜ゲーと定評がある。



その評価を決定づけたのは「世界滅亡ルート」と呼ばれる最凶バッドエンド。



「世界滅亡ルート」はメインヒロインがエルゼント王子攻略に失敗した際に確定で発生。

その内容は『エルゼント王子が持つ魔力が悪用されてしまい、世界が滅亡する』というもの。



確か、エルゼント王子と悪役令嬢ヴェロッサ……。

二人の成婚の儀式が、世界滅亡へのトリガーイベントとなっていたはず……。



前世の記憶が戻ったばかりのせいかしら。

まだ、詳細を思い出せないのだけど……。



ゲーム上のバッドエンドは悪役令嬢とエルゼント王子が結婚することになるわけだから……。

とにかく私とエルゼント王子がひとたび成婚してしまえば、この世界は絶対に滅んでしまうわ……。



どうしよう、どうにかしなくちゃ……!!



急に落ち着きを無くした娘が気になるのか、父が咳払いをする。



「ご、ごめんなさい、お父様……」

ひとまずこの場は大人しく乗り切ろう。




とにかく、この世界を滅亡の危機から守るためにも、私はエルゼント王子との婚約を絶対に破棄させなければならないわ……。




今のところ世界滅亡ルートを確実に回避するためには。

「メインヒロインがエルゼント王子を攻略する」以外に思いつかない……。




絶望的な心持ちを鎮めるために、私はエルゼント王子に視線を戻す。


それにしても、9歳のエルゼント王子、めっちゃ可愛いなあ……。

顔が良すぎるわ……どうしてこんな顔が良いのかしら……。

よく考えたら前世の私が17歳の頃の最推しだし、当然よね……。



もう、いっそのこと……。

「私がエルゼント王子とそのまま成婚して、世界が滅亡する」未来を選びたい……。



私の視線に気づいた王子は、しばらくきょとんとしていたが、少し恥ずかし気にはにかむ。



いや、前言撤回します……。

絶対に守りたい、この笑顔……。



私は冷や汗を垂らしながら、悶々と考える。



……考えろ、考えるんだ。悪役令嬢、ヴェロッサ・カーニング。

エルゼント王子の笑顔と、この世界を守るために、私に何ができるのか……。



……そうだわ!

最初から彼と婚約解消してしまえばいいのよ!



うーん、だけど、今は王の御前だし……。

この場で親同士が進めている縁談を、子供のわがままで有耶無耶にするのは難しいわね。



となれば……。


エルゼント王子が私の屋敷に来る間……。

できる限り彼から嫌われるよう、わがまま放題に振る舞えばいいのでは……?


私もそれなりに高位の身分、侯爵家の令嬢とはいえ、お相手が王家の御子息ということを考えると……。


エルゼント王子から婚約破棄をしてもらって、この縁談をなかったことにするのがベターよね……。



これだわ! これしかない!!



私はひそかに今後の作戦内容を決定した。

同時に、互いの父同士も、王子訪問の細かい日程まで話を決めたようだった。





王宮のホールをあとにして、到着した馬車に乗る私と父に、エルゼント王子が別れの挨拶を告げる。


「さようなら、ヴェロッサ」


私に向かって小さく手を振るエルゼント王子。


……思わず、私も手を振り返してしまった。




さようなら、エルゼント王子。

私とあなたが結ばれることはないけれど、あなたの幸せを心から願っているわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る