02.絶対に世界滅亡を阻止したい悪役令嬢

朝になり、やたらと巨大なベッドから私は起き上がる。

侯爵家の令嬢だけあり、子供部屋とは思えない広さの部屋だ。


屋敷の全体像はまだ把握できていないが、下手をすれば遭難してしまいそうなくらいには広い。

実際に遭難しないよう、心してかからねば……。


前世の記憶の一部を取り戻した私が、まず行うべきは、情報収集と記憶の整理……。


まず、私は侯爵家の令嬢、ヴェロッサ・カーニング。


部屋に備え付けられた姿見の鏡に、自分の姿を映してみる。


なるほど、ご令嬢だけあってそれなりに美しい容姿だ。


少女とはいえ、手足は長く、肌は白い。

艶やかな黒髪、特徴的な真紅の瞳、更に強烈な印象の切れ長で吊り上がった目つき。


弱冠9歳ながら、世界滅亡に加担する悪役令嬢としての風格が感じられる。



……それにしても、目力、強すぎでは?



「おはようございます、お嬢様。今日はもう起きていらっしゃったんですね」


侍女のリーゼが私に声をかける。

私が既に起きているを意外そうに眺めているところを見ると、普段はこの時間まで寝ていたんだろうな……。


黒髪のショートカットに鮮やかな青い瞳。身長は160センチくらいだろうか。

同じメイド服を着ている他の使用人とは比べるべくもなく、圧倒的に彼女のほうが魅力的ね。

澄んだ声と、落ち着いた性格が同性からみても素敵だわ。


確かゲーム内でも正ヒロインを差し置いて屈指の人気キャラだったと思う。

ゲーム上の設定では私の父が彼女を預かり、以来、侍女として雇っているのよね。


「では、さっそくお着替えを」

「……お願いするわ、リーゼ」


リーゼの手際がいいこともあってか、あっという間に着替えが終わり、私は椅子に腰をかける。


しかし、いつもこんな豪華な服装をしないといけないのかしら、肩が凝りそう。


いつまでも侍女に頼っていてはいけない。

そのうち着付けを覚えて、ひとりで着替えられるようにしなくちゃ……。


「ありがとう、リーゼ。あなたの仕事っていつも素晴らしいわ」


私がそう言うと、彼女は驚いたように目を見開き、私を見つめた。


そういえばゲームの中では、悪役令嬢ヴェロッサによって手ひどく虐げられていたような気がする……。


とすると、今のようなねぎらいの言葉をかけられることなんて、初めての出来事なんだろうな……。


前世でブラック企業の社員として働いていた身としては、同情を禁じ得ない……。


「勿体ないお言葉です」


クールな表情は相変わらずだけど、心なしか嬉しそう。

良い人なんだろうけど、生真面目だなあ。



私は椅子から立ち上がり、ふわりとスカートをなびかせた。

鏡に映る私の姿は、寝間着のときよりひときわ邪悪な印象だ。



まさにフルアーマー悪役令嬢(9歳)。



「ところでリーゼ、この屋敷に書斎ってあったかしら」

「書斎、もちろんございます。調べものでしたら私が代わりにしておきますが……」



うーん、こうかしこまられると、かえってやりづらいなあ。

もう少し分け隔てなく接してもらえるようになりたいなあ。



「いいの、私が本を読みたいのだから。もちろん、できればあなたにも手伝ってもらえるととても嬉しいのだけど……」



彼女は元来の氷のような表情を少しほころばせた。

綺麗な顔だなあ、悪役令嬢の召使いとしては勿体ない逸材だ。


これならゲーム内の人気もうなづける。


「では、後ほど私もお手伝いさせていただきます。その前にお食事のご用意ができていますので召し上がってください」


「……あの、どっちに向かえば?」


きょとんとしたリーゼだったが、私の物言いがよほど可笑しかったのだろう。

品良く口に手を当てながら、ついに顔をほころばせて、彼女は言った。



「ご案内しますね、お嬢様」



______________________




豪華な朝食でお腹を満たした後、私はリーゼと書斎の中に入った。

流石に侯爵家だけあって、蔵書の量に圧倒される。


ひとまず目についた一冊の本を手にする。


題名『魔術の基本知識』


前世とは当然違う文字で書かれているが問題なく読めた。なんだか不思議な感覚だ。

パラパラとページをめくると、図式が並び、それにいくつか注釈がついている。


「基本に赤魔術、青魔術、緑魔術、そして白魔術と黒魔術……と」


なるほど、魔術に関する仕組みは『レジェラバ』と同じだ。

やっぱりこの世界は『レジェラバ』そのものなのね。


スッとその本をしまうと、リーゼが声をかける。


「どういった本をお持ちしましょう」

「そうねえ、最近の歴史をまとめたもの、できれば簡単なものがあると助かるのだけど」

「かしこまりました」


すかさず彼女は3冊ほど本を持ってきた。

その中の一冊『エクスハイド王国の歴史』をパラパラとめくる。


10年ほど前まで、この王国は魔族と戦争をしていた。

そして、エクスハイド王国と同盟を結んだ三国が勝利し、平和な時代が築かれた。


うん、やっぱり、ゲームと同じ設定だ。

確信を得た私はパタンと本を閉じ、まぶたを閉じて観念する。




どうしよう……。

このままだと本当に、この世界を滅亡させかねないわ……。




固まっている私を見て、リーゼが心配そうに声をかけてくる。


「どうかされましたか、お嬢様」


「ううん、大丈夫よリーゼ、ちょっと自分の運命に絶望しているだけ……」


「まだお若いのに、そんなことを仰らないでください……」


リーゼは優しいなあ、でも、もし世界が滅亡したらリーゼも……。


そんな結末だけは絶対に回避しなければ……。


そのためには、どのような経緯を辿って世界が滅亡するのか、詳細を思い出さないとなあ。


今のところ、私がエルゼント王子と結ばれてしまうと、最終的に世界が滅亡してしまう。


そんな大まかな記憶しか思い出せない。

昨日のように、何かのきっかけで、もっと詳細な記憶を思い出せればいいのだけれど。


『レジェラバ』は前世の私が青春をかけて攻略したタイトル。


完全に筋書きを忘れてしまっているとは考えにくい。


今のところ、世界滅亡ルートを回避する具体策は、エルゼント王子に婚約破棄してもらう以外に考えられない。


そのためには、エルゼント王子の好感度を幼少期のうちから、できる限り下げておきたい。


親の決めた縁談だから、そう上手くいくとは限らないけれど、幼少期のうちに彼と疎遠となることができれば、目標はぐっと達成しやすくなる。


そして次に、正ヒロインが登場した際には、全力でエルゼント王子とくっつける。


最終的に私は婚約破棄され、国外追放。

その後は、あてもなく世界を放浪するのよ……。


かなり悲しい未来予想図だけど、そもそも悪役令嬢なんだから仕方ない。


世界が滅ぶよりはずっと良いわよね……。



世界滅亡を絶対に回避するためにも、有利にゲームを進行するためのスキルを得ておきたいなあ。


同時に国外追放後に食っていけるだけの一芸を身につけておかないとね。



となれば……早いうちから魔術の腕を磨くのが最善策だわ!



「リーゼ、次は魔術の……できるだけ入門編のやつをお願い」

「はい、かしこまりました」


早速、私はリーゼから手渡された魔術入門書を読み始める。


「……うーん」

「お嬢様、何かわからないところはありませんか?」

「うん……このあたりがよくわからなくて……」


私がよくわからない箇所を指さすと、彼女はすらすらとその箇所を読み上げた。


「『各色の精霊との対話から魔術が成立する』……確かに、少し分かりづらいですね、例えば……」


髪とペンをとって、さらさらと図式化して解説してくれるリーゼ。


ついでに子どもが喜びそうなかわいいイラスト付き。コイツ……有能すぎる……。


「リーゼ……、あなたって、なんて優秀なの!」

「お褒めに預かり光栄です。私にも少なからず魔術の教養がございますので、ごく基本的なご質問であればお答えできると思います」


予想外の助力を得た私は、リーゼにほとんど説明してもらいながら、魔術書数冊を読破した。


「素晴らしいですね、お嬢様。これなら未来の大魔術師です」


どこか誇らしげなリーゼの賞賛を受けて、私も調子に乗ってしまう。





この調子なら、簡単に王子と婚約解消して、世界の滅亡を回避できそうだわ!

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