十二月の花火
香山 悠
本編
近所のスーパーで買ったレトルトカレーを、男は一人で食べていた。あまりスプーンが動かない。男は叔母のことを考えていた。
入院していた男の叔母が、先週死んだ。内臓の病気だと聞いたが、詳しいことは知らない。
叔母は直感が鋭い人だったように思う。たとえば生前に叔母の家を訪ねた帰り際、赤信号は必ず待つように言われて不思議に思ったことがある。普段はそのように、他人の心配をするような人ではなかった。しかし、狭い横断歩道の赤信号を律儀に待っていた帰り道、後ろから来た信号無視の自転車が、目の前で車にひかれた。
それ以来、赤信号は必ず守るようにしている。
叔母には一匹の飼い猫がいた。白と茶色の毛並みだからか、名前は「カレー」。もちろん、叔母はカレーが好物だった。
叔母が死んで、男が猫を引き取った。ペット可の家に住み、猫と面識のある親族は、男以外にいなかった。安アパートに住む男の生活は楽ではない。だが、面識のない親族たちに頼み込まれた男は、結局断れなかった。
男が子供のころからいた猫なのであまり長生きしないだろうし、大人しいから初心者でも飼いやすいだろうと、自分を納得させた。
その猫は今、レトルトカレーをつつく男の足下に寄ってきている。
いや、猫のことはこの際どうでもいい。顔を向けてきた猫を、男は無視した。
目下の悩みは、叔母の遺言だった。読経や焼香など一般的な法要の代わりに、男が花火をするようにと遺していた。
派手好きな叔母らしいといえばらしいが、自分一人に丸投げしないでほしい。男は心の中で愚痴る。どうして自分なんだろう。だいたい、十二月にどこで花火が売られているというんだ。
ちまちまと食べていたレトルトカレーがなくなった。猫もいつの間にか、足下から消えていた。水でも飲みに行ったのだろうか。
翌日、男は叔母の遺言にしたがうことにした。花火はネットで探せば確実に見つかると思うが、配達日時が遅れると困るので、近所のコンビニや雑貨屋などを尋ね回った。
一時間ほどかけ、ようやく一軒の駄菓子屋で花火が見つかった。夏の売れ残りなので湿気ているかもしれないと前置きしつつ、店主が棚奥から引っ張り出してきてくれた。
叔母の初七日に、男は花火に火を付けた。家から歩いて三十分ほどの公園。線香花火一本。早朝。
あっという間に、線香花火の先端が落下した。法要よりよっぽど儀式臭いと思いつつ、男はすぐ帰路についた。
その日の夕方、男はスパイスからカレーを作ってみた。早朝に起きて時間を持て余していたのと、以前に食べたレトルトカレーの味が気に入らなかった。
料理は得意ではなかったが、カレーは誰が作っても美味しいと、どこかで誰かが言っていた気がする。作り方は、スーパーのスパイスコーナーに説明があったので適当に真似た。
だが、あまりいい匂いがしない。あれこれと試行錯誤してみるが、いまいち味がまとまらない。結局あきらめて、男にとっての「カレーもどき」を皿によそった。大鍋で作ったことを男は後悔した。
カレーをスプーンでつつきながら、男はまた考え事に耽った。花火だけでも面倒で気乗りしないのに、その上猫の世話まではしていられない。猫の話を持ちかけてもよさそうな親族の顔を、男の脳内でリストアップしてみた。
にゃー、と猫が鳴きながら近寄ってくる。
そういえば、レトルトカレーを食べているときも寄ってきていた。「カレー」と呼ばれるだけあって、仲間意識でもあるんだろうか。
自分には、仲間意識を持っていないのだろうか。男は訝んだ。この家に猫が来てから、カレーを食べているとき以外、一度も近寄って来ていない気がする。
猫を抱き上げる。どうやら嫌がってはいない。猫を引き取ってから、一度もその体をじっくりと観察していないことに男は気づいた。よく見ると、単純に白と茶色の二色ではなく、ところどころに黄色や焦げ茶色のポツポツした模様がある。
叔母の家を訪ねて、適当に談笑しながら猫と遊んでいた日々を思い出した。
男は猫を離した。猫が床に落ちる。男は台所に向かいながら昔の記憶を掘り起こし、カレー鍋にバター、醤油、砂糖を目分量で入れてみた。材料が溶けるまで少し煮込んだ後、味見してみる。
悪くなかった。
男は皿にカレーをよそい直した。スプーンを忙しなく動かしつつ、四十九日には噴き出し花火でもやってやるかと考えていた。
十二月の花火 香山 悠 @kayama_yu
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