不死身の男の末路

憎い。

 暗闇の中で、低い声が唸った。


 男は一人、櫃の中に閉じ込められて、もうどれだけの時が過ぎたのかもわからない。


 何せ、そこには光がないどころか、音すらないのだ。


 あるのは、六つに切り分けられたまま痛みだけがある肉体と、自身を封じ込めている男への憎しみだけだ。

 あとは、だろうか。


 男は、不死なる身。

 どれだけの痛みを与えられようが、どれだけ時が経とうが、決して死ぬ事は無い。

 募るは、常闇ばかりの世界に閉じ込めた息子――りょがくへの宿怨しゅくおんばかりだった。

 呂岳への殺意など、ささくれ程度の些末なものだったのに――と。



 りょほうは怨みばかりで埋まった脳髄の隙間で、呂岳の顔を思い出そうとした。特に意味はない行為に等しい。もう、記憶まで暗闇で埋まりそうになりながらも、なんとか記憶の片隅には息子の姿があった。

 当時の、ささくれ立つ心の呂峯の瞳に映った息子の顔は、厭悪えんおだ。


 呂峯は、死ねぬその身の真実を、呂岳へと語って聞かせた事がある。いつまで経っても、自分は死ぬ事は無いし、歳も取らないのだと。

 それが、過ちだったのだろう。


 話を終えて、呂岳の目に父としての姿など映っていなかった。異形のそれへと向ける双眸と変わらぬ視線が時折、呂岳を刺していたのだ。


 ――ああ、こいつもか。


 その結論が出ても尚、息子への愛情はあった。


 憎いとすれば、まっとうな人として生まれてきた事ぐらいであろうか。

 ただ、普通である事が羨ましかった。

 ささくれ立つ心根は、羨望と愛憎入り混じったような混沌とした心を生んだ。

 その混沌とした心は何も、呂岳だけに向けられたものではない。両親も、妻も――


――だというのに


 怨みの始まりなど、もう呂峯には判別もつかない。


 ささくれ程度の些末な心根から始まった憎悪はゆっくりとした時間で溜め込んで。

 呪詛を孕んだ不死なる肉体が人の姿すら忘れ、心根を忘れ、記憶すら失ったとき――また別の何かとして生まれるやもしれない。


 新たなる異形いぎょうとして。







 前日譚【不死身の殺し方】

 https://kakuyomu.jp/works/16818093073329103127

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