ハコカミサマ
メイルストロム
贋作迫りてシンとなる
──箱、とはなにか──
思うにそれは、対象物を外界とを隔てる壁である。
素材や構造による差異こそあれ、箱の中にしまい込んでしまえば内部を窺い知ることは難しくなる。
……とはいえ、近年は無色の強化アクリルといったクリア素材も台頭している為、内部を窺い知る事も出来るようにはなってきているのだが──私の想定する本質は失われていない。隔絶するモノとしての機能は損なわれていないのだ。
故に人は様々なモノを箱の中にしまい込んできた。
あるものは恋人から贈られた手紙を箱へとしまい込み、またある者は作りかけのアクセサリーを保管する手段としてソレを使う。そして箱の大きさが増すほどに、しまわれるもののスケールも大きくなっていくのだ。
また、閉ざされた箱というものは人の興味を惹くものでもある。
中身がなんであれ、何があるかわからないモノを開く──ただそれだけで満たされる事だってある。誰しも一度は秘密を、宝を暴きたいと思うものだろう。
だが一つ、忘れてはならない点もある。箱にしまわれたそれは、理由があってそこに収められているのだ。
侵されたくない。取られたくない。美しいままにしておきたい。知られたくない。見られたくない──等と様々な理由がある。繰り返しにはなるが、箱の中に収められる理由があることを忘れてはならない。
──寒さも和らぎ始めた頃。
約2週間ぶりにいつもの少年が訪ねてきた。なんでも家族で箱根へと旅行に行っていたらしく、私に渡したい物があって急いで来たという。
「寄せ木細工の秘密箱とは──中々に渋いお土産ですね、少年」
手渡されたのは箱根の名物。誰しもが一度は目にした事があるであろう伝統工芸品だ。これはその中でも秘密箱と呼ばれるモノであり、仕掛けを正しく解かねば開けられない代物だった。
「それ親父にも言われたよ。けどリヴラさんはこういうの好きでしょ?」
「あら、よくわかっていますね。この手のモノは大好物なので大変嬉しく思います」
赤富士の美しいソレはある程度の重みがある。五寸程度のサイズ故、あまり複雑なものではないのだろう。これならば手順書など無くても簡単に解けると踏んだのか、彼女は躊躇うことなく手を伸ばす。
「え、リヴラさん手順書いらないの?」
「いえ? ですが一度は答えを見ずに挑みたい性分でして──」
少年を尻目に仕掛けを一つ一つ丁寧に解いていく。静かな店内に、寄木の擦れる音と仕掛けの解かれる音が響いた。少年は信じられないといった様子で、迷いなく動かしている彼女の指先を注視している。
「──すごいや、もう解いちゃうなんて」
時間にして十分あまり。仕掛けを解かれた箱はその中身を晒していた。まぁ新品故に当然中身は空っぽなのだが、彼女は大満足といった様子である。
「久し振りに解くと楽しいですねぇ! 少年、他にはありませんか?」
「えっと、あるにはあるけど」
「けど?」
少年は自身のバッグに手を伸ばし、少しの間を挟んだ後に手をひっ込めてしまう。それを不思議に思った彼女が少年の顔を見やると、彼は困惑の色濃い表情を浮かべていた。
「どうかしましたか?」
「その、買った覚えが無いのがあって」
「? どういう事ですか、それ」
少年が言うには、見た覚えすら無いものだという。そしてソレが
表面に艶はなく、先程の秘密箱のような艶やかさも無い。サイズも二回り程小さく正方形に仕上げられたソレは、酷く異質な雰囲気を放っている。誰がどう見ても、商品として店に並べられるような代物ではなかった。アンティーク品として売るにしても、年季が入り過ぎている。
「──……少年。これは私が預かります」
彼女は迷いなくソレを手に取り、引き出しの中へとしまい込んでしまう。そして少年が立ち寄った場所を全て聞き出すと、一つの封筒を手渡し帰宅するように促した。
自身の持ち込んでしまったソレが余程恐ろしかったのか、少年は素直に言う事を聞き夕暮れの中を走り去っていく。
「さてはて。どこで縁を感じたのやら」
引き取ったは良いものの、どうするのが正しいのかはまるで不明だ。これが相当に良くないものだ言うのは一目でわかったのだけれど、私はその手の専門家ではありません。と言っても、そこいらの自称専門家よりは知識はあると思いますが────知識があるから対処出来る、とは限らないのです。
また、これは私の肌感覚にはなりますけれど……東洋の呪物は陰湿と言いますか、積み重ねや封印による増幅を施される事も多く厄介なモノが多いのです。
そしてコレもその一つなのでしょう。正規の手順で組まれたものではなさそうではありますが、贋作が真作に迫る事はよくある話です。
コレがなんの為に拵えられたのかなど、微塵も興味はありませんが──少年に害が及ぶのは見過ごせません。
彼女は席を立つと、早々に店を閉めて地下室へと降りていく。勿論、その手には件の箱が握られていた。
暗がりの中、彼女はランタンを手に準備を進めていく。そうして用意された幾つかの機器に一つ、異質なものが混ざっていた。それは極東の巫女を模した人形なのだが、いやに大きいのだ。身長にして180cm程のそれは、顔の部分に見慣れぬ印が記された大札が貼られている。またその長髪にも大量の札が編み込まれているため、これ単体が一つの呪物にも見えた。
彼女はそれの傍らに立つと、一対の手袋へと手を通す。そのまま彼女が手を握ると、人形の手も同じような速さで手を握ったのだ。
「少年はこういうのが好きそうですが──……些か浪漫に欠けますかね」
次々と動作確認を行う最中、彼女はそんな言葉を漏らしていた。そうしてある程度の確認を終えた後、件の箱を台座へと設置する。
「封印も我流──とはいえ、結構悪質ですねこれ」
人形を通してどうやって視ているのか不明だが、彼女にはちゃんと視えているようだ。表面の汚れや札らしきモノを丁寧に落としつつ、その箱の封を解いていく。開封の最中、彼女は一言も発する事はなかった。
時折、犬や猫のような獣の鳴き声らしいものが聞こえたりもしていたのだが──彼女は気にする様子もなく作業を続けていく。そうした異様な空気の中、ついに最後の仕掛けが解かれた箱はその中身を余すこと無く曝け出したのであった。
「……人間にもこういう人が居る事を、すっかりと忘れていました」
この箱の仕掛けは13個。壁面に描かれていたものは、恐らく干支を模していたのでしょう。経年劣化に加えて内容物の侵食もあったのか、変色が酷く特定は困難でありましたが……まさか最奥にこんなモノを秘めていたとは。
かの有名な呪物──コトリバコは水子の霊を用いた邪法ではありましたが、コレは更に邪な外法です。切り落とした胎児の頭を動物の血に漬け閉じ込めるなど、どうして考えつくのでしょう。
そもそも複合霊なんてモノを産み出して、一体何をさせるつもりだったのでしょうか。呪い殺すのなら、そうしたい相手と同じモノを使うのが原則でしょうに。こんな風に混ぜこぜにされてしまっては、呪詛の方向性も見えなくなってしまうではありませんか。そうなってしまっては祓う事も、成仏する事も酷く難しいものになってしまう。
「箱の中での封じ込めと繰り返し。穢と怨嗟の相乗効果──側にあるだけで命を脅かすモノを造り上げるのは理解に苦しみますね」
素材として費やされた者達には申し訳ありませんが、怨みと穢が薄まりきるまでは表に出すワケにいきません。穢の祓いと怨み晴らしを同時に行うなど、安々と出来るものではありませんので──
「
祈りにも似た声とともに、額の大札を剥がす。
その下にあったのは、一対の眼窩と耳まで裂けた大口。凡そ巫女服には似合わぬ様相である。喩えるのなら鬼──般若の様相をしたそれは彼女の手を離れると、6腕を以て呪箱へと
その最中、動物の悲鳴らしい声が上がったのだが──核として収められていた頭部を飲み込まれた途端にパタリ、と消え失せてしまった。
これと同時に──リヴラは新たな大札を人形『
彼女はそれを受け止めると、専用の台座らしきものへと立て掛け深く頭を下げる。礼を述べ、周囲の掃除を終えた彼女はいつもの場所へと戻っていくのであった。
ハコカミサマ メイルストロム @siranui999
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