密着・コトリバコ工房

鴻 黑挐(おおとり くろな)

密着・コトリバコ工房

 コトリバコ工房の朝は早い。

「お疲れ様でーす」

午後十一時、業者が材料を工房に配達する。

「今日のぶんです」

届けられるのはコトリバコの重要な材料、水子だ。この工房に届けられる赤子は全て自然流産したものだ。

 入荷した水子はパート職員が複数パーツに分解しカゴに入れる。

「保存効かないから、詰められない分は捨てることになるんですよ。他の工程の進み具合を見て、ちょうどいい量を流していくのはコツがいるんですよ」

休憩きゅうけい時間に、六十代の女性パート職員が我々撮影スタッフに語ってくれた。

「もったいないですからね。せっかくここに来てくれたわけだし、みんな入れてあげたいでしょ。ね?」

このパート職員、プライベートでは三人の孫を持つおばあちゃんだそう。

「私はね、運良く(死産が)なかったけど。ここにくる子たちも、家族がいたわけじゃない」

血のこびりついたカゴを、彼女はやさしい手付きででた。

「一人ぼっちは、さみしいもんね」

 一つのカゴを分解した赤子一体で満たし、次の工程こうていに回す。


 赤子の分解と並行して、コトリバコの容器作りが行われる。容器となるカラクリ箱を作るのは、この道四十年の職人とその弟子たち。

「やっぱり、永く使っていただくモンだからねぇ。ちょっとやそっとじゃ開いたり壊れたりしないように作るんだよ」

職人が、いくつかの箱を見せてくれた。

「うちの弟子が作ったヤツだ。コレは全部ダメだね」

一見すると、土産みやげ屋で売られているような寄木細工よせぎざいくの箱。

「キレイですけどね」

「そう見えるだろ。だがなあ」

職人が箱のフタをカナヅチで叩く。

「外れるだろ。こういうのはもう、全部(廃棄はいき)」

「え、ダメなんですか?」

「簡単に中身を出せたらダメなんだよ。(コトリバコの)効果が切れちゃうから」

一日中作業して、作れる箱はわずか100個。職人たちが組んだ箱は、工房の最奥部に運ばれる。


 コトリバコのかなめ、箱詰め工程。特別な許可を得て、カメラが入った。

「これ(カラクリ箱)に血液を充填じゅうてんして、その後パーツを詰めていきます」

コトリバコのベースとなるのは、メスの動物から採取した血液。呪いの効能こうのうを高めるため、この工房では女性の血液をバイヤーから仕入れている。

「安いところの(コトリバコ)だと、鶏の血に中絶手術で取った水子を入れてたりして。そういうのって結局、量産を優先してるから効きが悪いんですよね」

呪詛じゅそを担当する呪い師はこう語る。

「ウチは品質第一なんで。覿面てきめんに効きますよ」

呪いのランクに合わせて、複数のカゴから水子のパーツをピックアップしてコトリバコに詰める。

「良く注文出るのは、やっぱり『ニホウ(二人分)』から『シホウ(四人分)』ですね。『ハッカイ(八人分)』は……先々代の頃に一回(注文)出たってのは聞きましたね」

 残念ながら、コトリバコに呪詛を込める工程は非公開。呪いのポテンシャルを最大限引き出すために、呪詛は丑三つ時――午前二時に行う。

 待つこと三十分。

「終わりました」

呪詛を込めるのは、一日のうちわずか三十分。

「この三十分のために、たくさんの人たちが準備してくれる。ありがたい事ですね」

呪い師の顔に、笑みが浮かんだ。


 午前五時。完成したコトリバコは、厳重げんじゅう梱包こんぽうされて消費者の元に届けられる。

「『うまく動くといいなー』って思いながら送り出してますね、毎回」

呪い師はそう語る。

 最後に、仕事をしていくうえでの心得こころえを聞いた。

「お客様の思いに応える。それが一番ですね」

一族断絶だんぜつの呪具、コトリバコ。その職人たちは今日も、小さな怨嗟えんさの声に応え続ける。

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密着・コトリバコ工房 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona

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