からだコレクター

あまくに みか

からだコレクター

 自分の体からハラリと離れたものを、まじまじと見てしまう癖のようなものがある。


 例えば今、右手の親指と人差し指でつまんでいる、白髪とか。


 昔からずっと、同じ場所に白髪が一本生え続けていた。透明で骨みたい。角度を変えて見ると、白髪はキラキラと光を吸収して、朝の空に忘れられた月のよう。


「旦那くん、白髪いるかい?」

 私は右手を突き出して、白髪を見せた。

「いらん」

「なぜ、いらん?」

「逆になぜいると思う?」

 うむむ、としばらく逡巡したのち、諦める。いらないなんて、もったいないような気がする。生きた体から落ちてもなお、こんなにもきれいなのに。


 どうして、こんなにも先ほどまで自分の一部だったものに惹かれるのだろう。首をかしげて白髪を見つめた時、視界にあざやかなオレンジ色が通り過ぎた。


「そうか、思い出した」


 忘れていた、ちょっぴりくすぐったい記憶がメキメキと音をたててよみがえってきた。




 小学生のころ、私は実験をするのが好きだった。


 抜けた髪の毛をぴんっと伸ばして、破ったノートにセロハンテープで上下二箇所、しっかりと貼り付ける。髪の長さを測り、鉛筆で印をつけておく。そうして一か月後、抜けた髪の毛が伸びているかどうかをチェックするのだ。


 呪いの人形は髪がにょろにょろ伸びるという。それはきっと、呪いではなく、抜けた髪の毛はしばらくの間、生きているからだ! だから、怖くない! というのが私の仮説であった。


 その発想に我ながら感心してにやにやしながら、私は髪の毛を貼り付けたノートを机の奥にしまい込む。そして、抜けた髪の毛実験は忘れ去られるのである。結果を見ることなく、机の中の地層となるのだ。


 他にも、切った爪や抜けた歯など、しばらく手元において観察したりなどした。先ほどまで、自分の体の一部だったものが、私を抜け出して外に飛び出していくことが、不思議で面白く、惹きつけるものだったのだろう。


 その中でも一番興味を惹いたのは、かさぶただった。


 子どもの私は、よく怪我をした。どんくさい子どもだったのでブランコに乗れば、ブランコに引きずられて擦り傷を負い、折れ戸に寄りかかれば、背中の肉を挟んで内出血をおこす。家の中で走り回れば、派手に転倒して口から血を流したこともあった。いつもどこかしらに怪我を負っている子どもだった。


 膝小僧にくっついているかさぶたの端っこが、今にも私の体から離れようとしていた。ピンク色の生々しい人間の肉が、かさぶたの下から見え隠れしていた。その肉をもっと良く見てみたいと思った私は、ペロリンとかさぶたをとった。


 あっ、と思った。


 新しい肉の色よりも、やわらかい出来立ての肌よりも、オレンジ色が真っ先に目に飛び込んできた。


 小指の先ほどの大きさのかさぶたは、夕日を閉じ込めたように、透き通っていて美しかった。その美しさが消えてしまう前に、と私は慌てて机の上を探す。


 いつか誰かにもらったお土産で、星の砂が入った小瓶があった。星の砂を紙の上にぶちまけてから、かさぶたを小瓶の中に落とした。コルクで栓をする。


 まるで魔法だった。夕焼け空を切り取って、瓶の中に閉じ込めることが出来たような。私だけが知るひっそりとした秘密だった。




「それでね、かなりの数のかさぶたを集めて小瓶に入れてたんだよね」

 旦那さんは、たいそう微妙な顔をしている。

「それで、集めたやつはどうなったの?」

「ある時ね」

「うん」

「匂いをかいでみたの」

「……うん」

「めっちゃ臭かった」

「でしょうね!」

「それで、捨てた」


 今でもあの生臭いような鉄っぽいような匂いが思い出されるのに、どうしてかさぶたを集めていたことを忘れていたのだろうか。けれども、こうして一番親しい人に私の秘密を知ってもらうというのは良いことだと、まだ指先でつまんでいる白髪を見ながら考えた。


「それ、とっておかないでよね」


 ぎくりとした。先手を打つ前にやられてしまった。


「う、うん」

 と言いながらも、本棚に飾っているお菓子の缶に視線を泳がせる。実は、すでに三本ほどストックしてあるのだ。


「白髪を糸にして、ボタンをつけるのはどう?」

「呪いのボタンじゃん!」


 良いアイディアだと思ったのだが、私の白髪は短いのでボタンつけにはむいていなさそうだと冷静になる。


 それとも、ウィッグを作るのはどうだろうか?


 地道に一本ずつ白髪をためていく。そして、私がおばあちゃんになった頃には、自前のふさふさ白髪ウィッグが出来上がるのではないか!


「……いいね」


 つぶやいた私に、旦那さんの視線が痛い。再び、冷静になり結局、白髪をゴミ箱に泣く泣く捨てた。


 その日は一日中、白髪活用術を妄想して楽しんでいたが、布団の中に入るころにはだいぶ熱が冷めてきていた。


 一体何を考えていたのだ、私は。



 白髪ウィッグは実に良いアイディアだと思ったが、よくよく考えれば変である。変態である。


 今まで体からハラリと離れたものを、せっせと拾い集め、パンをもふもふこねるように妄想を膨らませては、実行してきた。


 白髪ウィッグは実行に及ばなかった。妄想で踏みとどまった。よかった、よかった。危うく、かさぶた小瓶の二の舞になるところであった。


 そう思ったのだが。


 ここまで読んでくれた稀有な読者様が、私の頭の中をのぞいてしまったということは、このエッセイの完結をもって、黒歴史が完成してしまった、ということではなかろうか。


 なんということだ。


                                〈完〉

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