不死身の殺し方

不死身を殺す。

 この時点ですでに、矛盾が生じていると言えるだろう。

 

 死ぬ事がないから、不死身なのだ。


 けれども今、りょがくはその矛盾に面している。


 薄暗い、月明かりだけの部屋には、鈍い光を放つものがあった。

 呂岳の目の前には、黒いひつが六つ。

 正確には、小さいのと中くらいの大きさの五つがひつであり、もう一つはひつぎである。

 まあ、柩と言っても、中に入っているのは死体ではないので、やはりただの櫃とも言えるかもしれない。


 櫃は、時折りガタガタ――と音を鳴らした。

 中に入っているものが、暴れているのだろう。代々、道士の家系である呂岳は櫃にまじないをかけて封印をしたのだが、それでも動く。


 ガタガタ――と揺れる櫃は、早く出せ、とでも言っているのか。それとも、殺してやる、とでも言っているのか。

 舌は抜いていないため話せる筈ではあるが、まじないの影響で声すら聞こえぬそれは、最早動く櫃である。


 そんな、父――りょほうの姿を、呂岳はじいっと見つめていた。観察とも言えるかもしれない。


 自身の父が、不死身と知ってから、今日まで呂岳はこの時を待っていた。なに、不死身を殺してみたかった、などという狂気じみた考えではない。単純に、こうしなければ呂岳が父に殺されていた、というだけなのだ。 

 ただ、不死身を殺す事は不可能に近い。

 仕方なく、寝ている隙に頭を斬り落とし、四肢をもいで、心の臓に剣を突き刺した。


 しかし、それでもまだ動く。

  

「不死身とは、やはり死なないのだな」


 そう、一人ごちて、呂岳は櫃に向かって息を吐いた。

 死ねる存在であったなら、呂岳もここまでの事をする必要もなかったのだが。


「じゃあ、私はお別れの準備をしておきます。足掻くなら今のうちにどうぞ」


 そう言って、呂岳はふらりと部屋を出ていった。

 残された櫃には、呂岳の声が聞こえたのだろう。更に激しく櫃が動いて、まるで断末魔のようでもあった。


 それから、一日は経っただろうか。

 呂岳が部屋へと戻ってきた。けれども、一番小さい腕が入っている櫃を手にすると、すぐに踵を返して部屋を出ていった。

 そうやって、また一日経つと部屋に戻ってきたのだが、その手には何もない。

 また一つ櫃を持って出て行き、手ぶらで戻ってくる。そうやって、一日おきに何度も繰り返して、最後に残ったのは一番小さな頭の入った櫃だった。

 惜しげもなく泥まみれの両手で持ち上げて、颯爽と歩く姿はいっそ清々しい。


「親父殿、残念ながらどの呪術書を読んだところで、貴方を殺す方法は載っていなかった。だから、まあ。私が生きている間は、どうか大人しくしていて下さいね。可能な限りその生を絶つ方法を探してはみますので」


 小さく櫃に収まった父に向かって、歩きながらも呂岳はさっぱりとした物言いだった。これと言って、父との別れを惜しむでもなく。父との思い出を語らうでもなく、ただただ歩いた。

 そうして、たどり着いた庭は、幾つもの真新しい掘り返した土色に変わった箇所が五つ。まだ大口を開けたままの穴が、ひとつ。


 呂岳は梯子を使って、一けん(二メートル弱)の底へと降りると、丁寧に櫃を置いた。


「では、親父殿。ご機嫌よう」


 穴から這い出た呂岳は、すきで穴を埋めていく。

 ようやく穴が埋まり、六つ目の真新しい土色に目印を置いて、呂岳はそのまま家の中へと戻っていった。


 これでもう、呂峯はこの世に存在しないも同然だ。

 ある意味で、これも「殺した」という事になるだろうか。

  

 櫃の呪いは、呂岳が死なない限りは解けはしない。解けたとしても、頭と四肢が全て繋がるのも、遠い先であろう。それまでを、呂峯は眠るように過ごすのか、それとも呂岳を怨む言葉を吐き続けるのか。

 ただの人ならばいつか櫃が朽ちれば、そのまま土に還る事もできたというのに。


 不死しなずからだとは、哀れなり。



後日譚【不死身の男の末路】

https://kakuyomu.jp/works/16818093073485728304

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不死身の殺し方 @Hi-ragi_000

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