どうにかして死ぬ

尾八原ジュージ

どうにか

 きみの心臓が止まったら、死体をなるべくぐちゃぐちゃにして、それから燃やして骨を砕いて、細かい灰にしてから川に流してしまおう。それで駄目ならまた別の方法を考えよう。

 そう決めて実行した次の日、きみは案の定復活して、素っ裸のまま山小屋に帰ってきた。

「やっぱダメだったわ」

 そう言って当のきみがあんまりいい顔で笑うものだから、僕も笑うよりほかになかった。

 がんばって砕いたきみの死体のどの辺りを核にして再生したのか、きみ自身もわからないという。しかしあんなサラサラの灰の、しかも川に流してしまったやつがどうやって元のきみに戻ったのだろう。銃で撃った傷が塞がるところも、切断面から首が生えるところも見たけれど、灰から復活するところも見たかったな――と、ちょっとだけそんなことを考えた。

 当たり前だけどきみはずいぶん寒そうで、全身がガタガタ震えていたし、唇は紫色だった。僕は服を一式取ってきてやった。きみは煉瓦色のセーターに袖を通しながら「なんでおれの服を捨てなかったんだい」と尋ねた。

「どうせ生き返ってくるだろうと思ってたから、きみのものは何一つ捨ててないよ」

 僕が答えると、きみはさっきよりも大きな声で笑った。それからスンと静かになって、また死ねなかったなぁと呟いた。

「仕方ないよ。それより散歩に行こう」

「いいね。そいつはいい」

 きみは何度もうなずいた。

 僕たちは連れ立って、山の中をぶらぶらと歩いた。

 午後三時、街なかはともかく、山はそろそろ暗くなり始める頃あいだ。はぁーっと息を吐くと、空気が一瞬白く濁ったような気がした。

 もう完全に元通りになったきみの肉体は、あまりに普段通りだった。尖った横顔と伸びた髪が、野生の狼を思わせて綺麗だと思った。昨日ヒイヒイ言いながらきみの死体を解体して燃やして捨てたのが、まるで嘘みたいだった。

「細かくして捨てるの、大変だったのになぁ」

「そうだよなぁ」

 口々に言い合いながらふと、きみの死体を食べちまうのはどうかな、と提案してみた。半歩先を行くきみが、「お前が?」と言いながら振り返った。

「無理だろ、お前少食だもん。全部食われる前にそのへんの肉から蘇生しちゃうよ」

「じゃあ熊かなにかに協力してもらって、一緒に食べてもらおうかな」

「ははは」

 きみは軽やかに笑った。「よしておけよ。お前の腹の中で蘇ったら洒落にならないだろ」

「ははは、グロ」

 僕は笑いながら、体内で蘇ったきみの肉体が僕の胃を破裂させ、肺や心臓を圧し潰し、肋骨を砕くことを想像した。それは確かに悲惨だったが、どこか滑稽でもあった。

「いいよ、ほんとに試してみても」

 半ば本気でそう言ってみると、案の定きみは首を振った。

「いやだよ。お前が死んだあと、おれが寂しいもの」

 きみの声が震えている。

 それに胸を衝かれて、自分の声が引っ込んでしまった。僕は無言のまま、ぶらぶら揺れているきみの手に手を伸ばした。

 手を握られたきみはこちらを見る。大きな目にいっぱいの涙を浮かべている。

「僕は死なないよ。まだね」

 医師が宣告した僕の余命はおよそ一年。病巣はもう取返しがつかないほど大きくなっている。

 風が吹いた。僕たちは空を見上げた。葉を落として空っぽの枝ばかりを伸ばす木々のさらに上、白い空を白雁の群れが飛んでいく。彼らはみんなで巣に帰るのだろうか。みんなで眠って、明日もみんなで目を覚ますのか。

「そういえば、観たかった映画の配信が始まったんだ」

 何の気なしに言うと、きみはこちらを向いて「じゃあ帰ろう」と言う。

「それをさっそく観てさ、夕食は映画の感想を言い合うことにしよう。それで早めに眠って、明日は早く起きてさ」

 それで、それで、それで。

 子供みたいに明日のことを話すきみと、子供みたいに手を繋いで歩く。

「それで、お前が死んだら小屋の近くに埋めて墓を作って、それからおれもどうにかして死ぬのさ」

「それはいいね」

 繋いだ手を無邪気に揺らしながら、山小屋へ戻る細い山道を歩いた。何年か前、この道をふらっとやってきたきみは、どんな服を着て、どんな表情をしていたっけ。あれから僕たちは、死に方をいくつも試した。料理もした。映画もたくさん観た。残されたあと一年、僕はきみと何ができるだろう。

 やがて行く手に、僕たちの家が見えてくる。

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どうにかして死ぬ 尾八原ジュージ @zi-yon

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